ごんブロ

だいたい月に一度、本や映画の感想を書きます

知人3人からTwitterをブロックされた話

陽射しはすっかり暖かく、真っ白に花開いた雪柳の香りが鼻腔をくすぐる今日この頃、如何お過ごしでしょうか。

春になると虫や木の芽が湧くように、自分の体の奥の方からもざわめくような気配がして、むしょうにわくわくして何かをしたりどこかへ行きたくなる、そんな衝動を愛していたものですが、この年になるとそれが少しわずらわしく感じたりもします。


そんな春の始まりに、大変落ち込むことがありましたので今回はそのお話です。


◎知人3人からTwitterをブロックされた話


いきなり出落ちで恐縮ですが、きっかけは昨年上映された映画『名探偵コナン ゼロの執行人』でした。
この映画をきっかけに、同じ会社で働く知人3名(Aさん・Bさん・Cさん)と嬉しいことに親交を深めることになったのです。

ちなみにAさんと私は以前から趣味(ポップカルチャー)について喋り合う仲で、BさんとCさんもまたずっと以前から共通の趣味(BL)によって仲の良い関係を築いていた形です。
Bさんと私はデスクが近く、一時期はAさんも同じデスクの島にいたので、Aさん-Bさん同士も普通に仲が良い。

コナンによってこの4人が結びつき、一緒に応援上映に行ったり脱出ゲームに行ったりファミレスで長時間オタトークをしたりと楽しんでいたのですが、Aさんも実はかつてガチオタだった過去があり、Aさん・Bさん・Cさんの3人は急速に仲を縮めることになりました。
私はその中からナチュラルに省かれており、いつの間にか3人は私のいない3人だけのLINEグループの中で楽しくオタトークをするようになったのでした。

私は彼女らのようにそこまでコナンにハマれなかったので、仲間に入れてもらえないことに関しては仕方のないことだと思っていましたが、ジャンルは違えど社会人になって初めて出会えた濃いオタクの会話を楽しんでいたので、その分とても寂しいものがありました。

Aさんと私はコナンを観る前から毎日のように一緒に昼食を取っていたのでそういったことはないのですが、BさんとCさんはどちらかと言うとシャイな方だし、私に対して距離感を持たれているようだったので、私は3人の輪を尊重し中には入らず、お昼にAさんとオタトークをするといった形に落ち着いていました。
ところがとあるお昼、AさんからTwitterでオタク専用アカウントを作ったことを打ち明けられました。そしてそのアカウントでコナンのキャラクターの二次小説を書いていると。

私がそのアカウントを特定するのにそれほど時間はかかりませんでした。

芋づる式にBさんとCさんのアカウントも見つかりました。

以来、私は3人がTwitter上で交わすオタトークを毎日覗き見るようになりました。


そしてつい先日、いつものように朝の通勤時間中にAさんのツイートを見ていたところ、オタクと無関係な話題だったことでうっかりリツイートをしてしまい、Aさんに私の所業が知れ渡ることとなりました。


Aさんは私に対し怒ってはいないようでしたが、「あなたに見られるのは本当に嫌」と言い、BさんとCさんにも私のアカウントをブロックをするよう伝えると告げました。


そしてその日の内に、AさんとBさんとCさんは私のアカウントをブロックし、自分のアカウントに鍵をかけました。


ナチュラルにハブられていたことが分かった時も寂しかったですが、アカウントをブロックされているのを目にした時には、3人からの私に対する明確な拒絶を感じて、鉛を飲みこんだような気持ちになりました。

例えば私が全くの非オタだったり、3人とも交流がなかったり、誰かを晒し上げたり、発言を揶揄したりするなどの行為をしていたら、そんな対応をとられても仕方が無いと思います。
けれど私がしていたのはTwitter上で公開されていたツイートを見ていただけでした。
そしてそれすらも彼女達にとっては度し難い行為なのだと。

そこまで拒絶されるほど私の存在が嫌がられていたことがショックだったし、それに気づけなかった自分が惨めでした。

AさんはBさんとCさんを守ることに精一杯だったのだとは思うのですが、BさんやCさんの気持ちは200%汲むのに、その内の5%も私には向けられないという事実をただ寂しく感じました。


始末に悪いのが、こんなことがあってもAさんもBさんもCさんも同じ会社で働いているので、毎日顔を合わさなければならないということ。

さすがにここまで存在を拒絶された相手にどういう顔すれば良いのか分からないので、ひたすら避けて過ごしています。
三十路も間近になって中高生のような人間関係のトラブルに遭っていることに可笑しみを覚えなくもないですが、本当に今回の件はショックで気が塞いでいます。

Aさんとお昼を食べながら他愛ない会話を交わす時間が好きだったので、それがなくなってとても悲しい。

砂糖断ち2ヶ月の所感と上司の口臭についての余談

 

  砂糖断ちを初めて2ヶ月余りが過ぎたので経過報告です。

 

そろそろ苦しい



砂糖を断っているだけで米麹甘酒やフルーツなどの甘いものはほぼ毎日食べているのですが、2ヶ月が経とうとする今になって、狂おしいまでに欲求を覚えるようになりました。

 

ワッフルとマフィンとドーナッツに対して。(あとコカ・コーラ

 

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あああああああああああああああああああああああああ。

 

500歩譲ってドーナッツは諦められても、ワッフルとマフィン!!! ワッフルとマフィンだけは諦めきれない。

 

こういう想いを未練と呼ぶのでしょう。

 

チョコレートのかかったワッフル、かぼちゃやバナナの入ったマフィンを私は心から愛しているのだと実感しました。

 

そんなにも好きなら月に1回くらい食べてもいいんじゃないかなぁと思うのだけど、きっと絶対にその月1が週1になってやがて連チャンで食べだすことが目に見えているのです。

 

あとコーラについては先週確定申告の手続きを終わらせた時にむしょうに飲みたくなったのだけど、無糖レモン炭酸でお茶を濁したことでよけいに欲求をこじらせてしまったように思う。一年に一度のことなんだからお祝い事として飲んでしまえばよかった。(※私の砂糖断ちルールでは慶事は砂糖解禁)



◎外で買うおやつについて

 

砂糖断ちを始めたことで改めて思ったのが、この世の砂糖製品の多さ。

小腹が空いたのでおやつでも買おうと思ってコンビニに行くと、あまりにも砂糖が入ったものばかりで愕然としました。食べるものないやんけ、と。

私は趣味で砂糖断ちしているだけだけど、健康上の理由で砂糖断ちをしている人はこれじゃきついだろうなぁと思います。

 

ということで砂糖断ちをしている私でも食べられるコンビニ製品を探した結果がこちら。

 

・おにぎり(塩・鮭)

塩だけの素おにぎり、もしくは鮭おにぎりは砂糖が入っていないのでおすすめ。

 

・バナナ

ローソンやセブンでたまに売っている。人前で食べにくいのが難点。

 

・ゆで玉子

美味しくて大好きだけどバナナ以上に人前で食べにくいしゴミがうざい。

 

・ナッツ

おつまみのコーナーに置いてあるのでキオスクですら手に入るのが◎。とっても美味しい。

 

・おしゃぶり昆布

電車の中でも食べられる利便性の高さがとても良い。砂糖が入っている製品もあるので注意。(ちょっとくらいのステビア由来甘味料には目をつぶる方針)



 

◎職場で頂くおやつをどう断るか問題

 

私の職場では旅行のお土産や来客の方の差し入れなど(ほぼ100%砂糖製品)が2日に一度くらいの頻度でふるまわれます。

これを都度食べているとまったく砂糖断ちにならないので食べないようにしているのですが、基本的にどう断っても角が立ちますし、数が多い場合は配っている方も貰ってもらわないと負担になるわけです。

ではどうしているかと言うと…

 

貰ったあとこっそり捨てています。(小声)

 

正直なところ「砂糖断ちしているんです」なんて周りに言って良いことなんて一つも無いと思っているので、仲の良い人以外には言っていないんですよね……

甘いものが苦手だということは前々から言っているので、たまにケーキのようなスイーツを差し入れてもらった時はそれを口実にして断っています。(これは昔からそう)



◎砂糖断ちの効果〜2ヶ月編〜

 

・2ヶ月患っていた口内炎が治った。

 

年末から舌の先に出来て何をしても治らなかった巨大口内炎がやっとこさ消失しました。

私は死ぬほど口内炎が出来やすい体質なのですが(ピルを飲んでいる副作用でもある)、正直なところ口内炎がこの先一切出来なくなるのなら一生砂糖断ちを続けてもいいとさえ思います。それくらい口内炎は私の人生の邪魔。

 

ちなみにそれでは今は口内炎がないのかと言うと、2月末にバカ飲み・バカ酔い・バカ吐きした結果、胃に重大なダメージを負ったらしく一週間ほど経ってから口中に口内炎がポツポツ出来始めました。なのでこれらが治るまではこのまま砂糖厳禁。

 

・肌がめちゃめちゃ綺麗になる。

 

ピルを飲んでいるのでもともと肌は綺麗だったのですが、砂糖断ちをしてからさらに綺麗な肌になりました。具体的に言うと乾燥しない・毛穴レス・つやつや・透明感が出る。



砂糖断ちしていて実感したのはこの2つと少ないのですが、色々と調べているとこの時期花粉症の方は砂糖断ちをすると症状が軽減するそうなので、花粉症の方にはぜひ試してみてほしいところ。

思えば私もこの時期は1〜2週間くらいのどが痒くなっていたはずなのですが、そういえば今年はそれがぜんぜん無いです。



余談:上司の口臭について

 

去年のGWの頃にも書いたのですが、隣の席の上司の口臭にひどく悩まされていたのですよ。

 

※去年の記事

gonzarezmm.hatenablog.com

 

 

ですがひょんなことからこれが解消されて、今ではすっかりストレスフリーな日々を享受しています。

 

というのも、実はこの上司の方、数ヶ月前に病院に罹って血液検査をしたところ血糖値が200近い糖尿病一歩手前状態であると診断されまして。

ここ2ヶ月ほど食事療法(砂糖断ち)+投薬治療を続けてすっかり口臭が収まったのです。(拍手)

 

やっぱりあれだけ臭い息は普通の状態じゃないんだなー!とひどく腑に落ちました。私が神経質なわけじゃなかったのね…!( ;∀;)

 

ということで隣の席の上司も砂糖断ちしていることですし、私も高いモチベーションを維持して砂糖を断っていきたいところ。

 

『窮鼠はチーズの夢を見る・俎上の鯉は二度跳ねる』はBLどうこうじゃなく恋愛とは何かを突き詰めた名作

 

窮鼠はチーズの夢を見る (フラワーコミックスα)

窮鼠はチーズの夢を見る (フラワーコミックスα)

 

 

俎上の鯉は二度跳ねる (フラワーコミックスα)

俎上の鯉は二度跳ねる (フラワーコミックスα)

 

  

 

これが恋愛か? 本当に?

こんな体の芯から押し潰されそうな痛みを抱えることが?

足元から根こそぎ全部もってかれるような

ほかの荷物は何も持てなくなるような苦しさが?

 

冗談じゃない

 

こんなものが恋愛なら

もう二度としたくない

 

 『俎上の鯉は二度跳ねる』/水城せとな

 

 

わかる。

 

 

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昔から名作であることは知っていたのですが、なんとなーーく読んでいなかった本作。(強いエネルギーを持つ作品ってそういうのあるヨネー)

 

恋愛している時にこんなものを読んでいたらうっかり被弾して当たり所が悪くて死んでいたかもしれません。よかった、恋愛一切していない時に読んで…。

 

まだ2回しか読めておらずぜんぜん咀嚼出来ていないので感想を書くのもなぁと思ったのですが、それでも何か書かずにはいられない物語ではあります。

なのでダラダラと書いていく。

 

今ヶ瀬について

 

 ・【恋する人選手権】優勝。ああ〜…恋をしていたらこういう反応をするよね…というようなリアルなリアクション。新しいジャケットを褒められた時の顔とか可愛すぎか。

 

・一緒に風呂に入ってて恭一に「あなたって本当に御しやすい男…」って余裕ぶったこと言ってるのに恭一に素で見返されて顔真っ赤にするシーンは惚れたものヒエラルキーがあまりにも鮮やかに描かれていてめまいがしそうなほどすごい。なんでこんな表現できるの…。

 

・「こんなに他人を好きになったら壊れる」というせりふは今ヶ瀬が言うとすごい説得力。

 

・ストーリーの合間にサラッと差し込まれる「学生時代、俺はあなたの煙草になりたかった」や、(恭一が元カノにもらった)ライターなんか欲しいわけがなかった、ライターをもらう口実にあなたの指に触れたかっただけだ、みたいなエピソードが珠玉のエモさ。



恭一について

 

・こんな男に惚れてもうたらそらあか〜〜〜〜〜〜〜〜〜ん

 

Amazonレビューをじっとり読んでいると今ヶ瀬のようないい男がなぜ恭一のような駄目男に心底惚れたか分からないって人をちょこちょこ見かけたのですが、ばか!!!!!

 

大学時代テニサーに所属しているコミュ力の高さ・地味なようで実は端正に整った涼しげな顔立ち・清潔感にあふれている(お洗濯の良い匂いがしそう)・細やかな気遣いに長けている(きっとあらゆる万事にそつが無い)・意外に情に冷たいって、バチクソモテますから。

 

あと流されやすい=ノリがいいってことですからね。恋愛における流されやすさは魅力ですから。流されやすい人は本当にモテる。逆に言うとモテない人って本当に流されない。かたくな。

 

・ラストの今ヶ瀬に積もった雪を恭一が払うシーンが本当にすき。愛しているって本当こういうことだよな…。愛とは生命の心配…!(『愛するということ』/エーリッヒ・フロム)



ほかに言いたいこと

 

・『窮鼠』のタクシーのシーン最オブ高。エロさがすごい。エロいってああいうことですよね。欲情しながら電話で別れ話をする姿に欲情して手が絡み合ってってすごい。こんなシチュエーション経験したことない人生だけど、そりゃこんなんめちゃめちゃ興奮するわ。バックバージン捧げてしまうのもうなずける。

 

・『俎上』の復縁セックス事後。ていうか、復縁セックス事後というシチュエーションがめちゃくちゃツボだということをこれを読んで再確認した。え、最高過ぎません?? 復縁セックス事後。もうあらゆる復縁セックス事後だけが描かれたアンソロジーが読みたいくらいだわ。(そんなものはない)

 

・「…ほとんど外食だったよ?」ってへらっと笑う恭一に今ヶ瀬が「黙れよもうあんたなんか好きじゃない」って冷めた返しをするシーンむっちゃすっこ。

 

・BL漫画に出てくる女性キャラって基本無能かハリボテばかりだけど夏生やたまきやたまきの友達とかが頭の良い女性として描かれているのが良い。

 

・別れ話をされたたまきちゃんがめっちゃ冷静な顔で「そういう話を立ち話で済ませるつもりですか」って詰めるところ、女の怖さがよく描かれていてめっちゃすき。

 

・作者のあとがきの読者から色んな共感のお手紙をもらったことに対しての「恋愛というのはごく個人的な事象であると同時に普遍的な事柄であることを実感した」という言葉は金言。

 

Amazonレビューで書かれていた「男女でも成り立つようなBLは多いけれど、この物語は同性じゃなきゃ決して成り立たない」という鋭い書評に胸を打たれた。

 

・私の中のベストAmazonレビュータイトルは『世界で一番愛してくれたのは男でした』。このキャッチコピー映画でも使ってくれ〜〜〜!!! ほんまこれ本質を捉えてる〜〜〜!!!!

 

・とにかく良く出来た物語。

 

2月のエンタメまとめ

冬ももう終わりですね。

ところで冬って季節は嫌いですが字面と音はとても好きです。良くないですか。「冬(ふゆ)」。

春夏秋冬の中で、もっとも厳しくて弱いものは死んでいくような季節なのに、どうして冬は「ふゆ」なんて柔らかい音で呼ぶのでしょうね。

調べてみると、どうも『(寒さに)震える』から『ふゆ』に転じたようです。へーほー。

 

今年の冬は29年の人生の中でも一段と気を付けてとても元気に過ごしていたのですが、それでも先々週は油断して上咽頭炎になり一日臥せっていました。

あれだけ気をつけていても風邪を引くのなら、私のしてきたことは無意味なのかとへこたれてしまいそうになりますが、けれど今年は冬季うつにならずに済んだことを思うとそれだけでも良しとすべきかもしれません。

ということで平成最後の冬に勝利宣言をしたところで、今月の読んだもの、観た映画のまとめです。

 

 

◎漫画

 

プリンセスメゾン 6巻』/池辺葵 

プリンセスメゾン (6) (ビッグコミックス)

プリンセスメゾン (6) (ビッグコミックス)

 

 

年収250万円の独身女性の住宅漫画、ひっそりと完結。

「プリンセスが白馬の王子様と結婚する物語」が従来の王道ハッピーエンド少女漫画なら、プリンセスメゾンは「プリンセスが自分で自分のお城を買う物語」という話を聞いて、めちゃくちゃ興味が湧いて読み始めたのですが、本当にその通りの素晴らしい物語でした。

3巻でも泣きましたが最終巻6巻はやっぱり大号泣。

池辺葵さんの漫画はいいよね…。静かに胸を刺してくる。

 

 

『ある日突然オタクの夫が亡くなったら?』/こさささこ 

 

ツイッターで流れてきたので勉強になるかなと思って購入。突然家族が死んだらこういう流れになってこういう手続き・処理が必要になりますよという知識が得られます。

私は母一人・兄二人の母子家庭で育ったのですが、兄二人がぜんぜん頼りにならないため「ある日母が死んだら私はどう動けばよいのだろう」と調べていた時期があったので、割と知っていることばかりでしたが、そんなことを考えたこともない人には良い知見になると思います。一冊家に置いておくといいかもしれません。

 

『夫のちんぽが入らない 2巻』/ゴトウユキコ,こだま

夫のちんぽが入らない(2) (ヤンマガKCスペシャル)

夫のちんぽが入らない(2) (ヤンマガKCスペシャル)

 

 

2017年に出版されたベストセラー私小説のコミカライズの2巻。私は小説から読んだ作品はコミカライズ版が読めない人間なのですが、ゴトウユキコさんの絵柄がとってもこだまさんの作風に合っているのでこれはいけるかもと思ったのですが、やっぱり若干違うというか、う〜〜〜〜〜〜ん…。(※私が原作を好きすぎるだけ)

そういった解釈の違いや漫画家さんの作家性が映し出されることを楽しむものだとは分かっているので、3巻が出ればそれも読むつもりなんですけれど。

 

 

『ハイパーミディ 中島ハルコ』/東村アキコ林真理子

 

林真理子さんの『最高のオバハン 中島ハルコの恋愛相談室』を東村アキコさんが大胆に漫画化。

 

めっちゃ面白い。

 

はちゃめちゃな人を描かせたら天下一品の東村アキコさんが戦闘力つよめのババアなんて描いたらそりゃ面白いに決まってますよね??っていう。林真理子はよく分かってるなー!

続きがめちゃくちゃ読みたいので原案の『中島ハルコの恋愛相談室』をついつい買いそうになりますが、がまんして東村さんが描く2巻を心待ちにしています。



◎本

 

『ガセネッタ&シモネッタ』/米原万里

ガセネッタ&(と)シモネッタ (文春文庫)

ガセネッタ&(と)シモネッタ (文春文庫)

 

 

ロシア語同時通訳者で作家の米原万里さんのエッセイ。米原万里さんほど日本語の感性が鋭い人は滅多にいないということがよく分かる、もの凄く面白いエッセイ。

米原万里さんはとにかく知見が広く、世界を股にかけてロシア語と日本語の海の中を深くもぐって得たものを、きらめくような感性と知性でもって文章にしてくれている。とてもすごい。(語彙力の死)

 

個人的には「日本語は習得に恐ろしく時間がかかるが、日本語で書かれた文章は英語やロシア語(習得にかかる時間が短い)よりもずっと早く読める。言語は帳尻が合うように出来ている」という部分と、「作家の作品の長さはその作家が想い人を口説く長さに匹敵している。イケメンの作家ほど短編が多い。不細工で非モテをこじらせていたドストエフスキーは推して知るべし」というのがハイライト。面白すぎ。



 

メアリー・スーを殺して』/乙一ほか

 

乙一こと本名安達寛高さんの別名義すべて込み込みの寄せ集め短編集の文庫版。なので再収録も多いのですが、この短編集は名作揃いよねってことで手元に置きたく購入。

表題作の『メアリー・スーを殺して』がすっごく良かった。乙一はやっぱりこの手の十代の少年少女の成長を描かせると最高に光る。

『ある印刷物の行方』も良かったし、『エヴァ・マリー・クロス』を読んでやっぱりこの人は幻想小説の才能があるよなぁと思わされる。どういうインプットをしていたらあんなビジュアルを思いつくようになるんだろう。

ぜんぜん別の話だけど、また日記書いてくれないかな。(ちょう読みたい)



パブリックスクール 1巻〜3巻』/樋口美紗緒  

パブリックスクール ―檻の中の王― (キャラ文庫)

パブリックスクール ―檻の中の王― (キャラ文庫)

 

  

パブリックスクール: -群れを出た小鳥- (キャラ文庫)

パブリックスクール: -群れを出た小鳥- (キャラ文庫)

 

 

パブリックスクール: -八年後の王と小鳥- (キャラ文庫)

パブリックスクール: -八年後の王と小鳥- (キャラ文庫)

 

 

 名作と名高いBL小説。イギリスの名門パブリックスクールを舞台に、貴族の青年エドワードとその義弟(本当は叔父)の礼の切なくて苦しい恋愛を描いた物語。

 

とてもよく出来たBL。

 

イギリスって実はいまだにものすごい階級社会だし、同性愛に至っては1970年まで犯罪だったんですよね。そんな国で貴族の妾腹である礼がどんな差別を受けるかということや、ゲイとして貴族の長男に生まれることがどんなにしんどいことかということがきちんと描かれていて良かった。

その上で悶えるような「好きでいることがつらいような好き」をじっくり丁寧に描くものだから、読んでいる間は礼に同調するあまり始終泣いていました。エドにバスタブを蹴られるシーンですら怖くて泣くレベル。(泣き過ぎ)

あともう礼がオーランドとの交流によって成長するところが最高で。学園ものって最高だなって改めて「学園もの」の良さに気づくっていう。

劇場のバルコニーからリーストンの風景を見下ろしながら、

 

「この世界は広い。だけどきみの心は、この世界よりももっとずっと広い。広くなれるんだ」

 

「きみの想像力は、一生涯、きみの杖になってくれる」

 

のシーンが最高に青春でグッと来ました。こういうのもっとくれ!!!! 世の中に必要!!!!

 

本作の1〜2巻は礼とエドパブリックスクールで過ごす最後の一年を描いたもので、2巻途中からパブリックスクールを出た八年後のお話になるのですが、パブリックスクール内での話が最高過ぎたので八年後の話は蛇足だったなと思いました。八年後の話よりも、最後の一年間をもっとじっくり2巻まるまる使って書いてほしかった…。本当に惜しい…。でもそのパブリックスクール内での話は唯一無比の素晴らしさだった。

 

おまけ

 

1巻ラストから濡れ場が始まるのですが、エドがとっても変態で(最高すぎるやんけ)と思っていたのに八年後に恋人関係になったにも関わらずぜんぜん変態なセックスをしなくなったので、どういうことかと! おい!!! もっと礼と変態なセックスをしろよ!! お前の欲望はそんなものじゃないはずだろう!!!

作者さまへ⇒エドはぜったい変態だと思うのでもっと彼の変態を爆発させてあげて下さい。きっと彼は本当はもっと変態なプレイをしたがっているとおもうのです。(謎から目線)



原節子の真実』/石井妙子 

原節子の真実 (新潮文庫)

原節子の真実 (新潮文庫)

 

 

HONZに掲載されていたヤマザキマリさんの書評が面白すぎて購入。めっっちゃ面白かった。

原節子の前に原節子なし、原節子の後の原節子なし。日本映画界においてたった一人で「女優」というものを形作った人。今よりもさらにひどい女性差別が蔓延する社会の中で、常に理不尽と苦悩にまみれながらも自制心と理性を手放さずに己の美学を貫いた、あまりにも強い人。本当に存在自体が奇跡だったと思う。

 

原節子は1930年代から大人に交じって働き始めたわけですが、この時代に女性が並外れた知性を持っていることは、それ自体がとてつもない苦痛だったのですね。目を閉じ、耳を塞ぎ、自分で考えることを放棄する方がずっと楽に生きられた。けれど原節子は何もかもから目を逸らさなかった。一切妥協しなかった。彼女の美しさはその強さから生まれたものだった。

 

女が弱い話が嫌いなので邦画はあまり観ないし小津映画も観たことがなかったのですが、そんな途方もないほど強い女性が演じていたというのなら『東京物語』はぜひ観なくっちゃ。

 

大正〜高度経済成長期までの激動の日本の歴史もすごく頭に入りやすくて良かったです。



◎映画

 

ボヘミアン・ラプソティ IMAX版』

 

4回目最終回のボ・ラプ。4回観ても「QUEENバンド解散」「ジム・ハットンに「君には本当の友達が必要だよ」と言われるシーン」「マイアミに電話してみんなと仲直りするまでのシーン」「お父さんとハグをするところ」「ライブ・エイドでボ・ラプを歌ってからラストシーンまで」はすべて泣きました。(泣き過ぎ)



クリード2』

 

隣の席の男が過去経験したことないまでに息が臭くてぜんぜん集中できない・ロッキーシリーズを観るのが初めてのせいで、あんまり感動できなかった。(´・ω・`)



『天才作家の妻』

 

ノーベル文学賞を受賞した小説家の作品は、実はその妻がすべて書いていたという物語。

御年70歳の主演女優のグレン・クローズがものすごくきれい。神々しいような美しさ。あんな風に年を取りたいものだわ…!

 

物語として本当に良く出来ていて、人間の複雑さや業といったものがうまく描かれていましたよね。

1960年代当時、女性は「妻」以外の仕事は認められていなかったけれど、ジョーンはどうしても小説が書きたかった。ジョセフ自身も作家だったが故に、彼女の才能が稀有なものであることは分かっていた。だから自分の名前で作品を発表し続けた。嘘をつき続けることは彼にとっても大いなる負担だった。それでもそれを続けたのは、生活やましてや自分の虚栄心のためだけではないことを、ジョーンもまた知っていた。だから二人は夫婦でいられた。良い夫婦とは持ちつ持たれつな関係である、ということが本当にビシバシ伝わってくる夫婦の物語。破れ鍋に綴蓋ァッ!



以上、2月のエンタメ事情でした。

 

今月はあと映画は『アクアマン』を観て、漫画は『凪のお暇』の5巻を読む予定だけどそれについてはまた今度。

 

同居人(30代男)の思いやりの無さがすごい

 

24歳の夏に一人暮らしを始め5年を過ごし、3ヶ月前から再び実家で暮らし始めました。

現在の実家の家族構成は母・兄・犬2匹・私なのですが、この「兄」が典型的な「一緒に暮らしたくない男」だなということをこの3ヶ月間でしみじみと感じたので今回の記事はその話。

 

兄が嫌いになっていく

 

私には兄が二人いるのですが、同居している兄というのは長兄。私とは7つ歳が離れているので現在36歳です。職業は美容師で年収は200万円を切るかもしれません。

5年前の家族構成は現在のメンバーにプラス祖母がおり、私はこの祖母が自分が家を出て行くくらいに大変苦手であったため、そこに気を取られていて気がつかなかったのですが、5年ぶりに同居することになって「ここにもクソおるやんけ!」と発見することとなり、そのクソぶりを目の当たりにするにつれ、雪だるま式に兄が苦手になっていったのでした。

 

しかし祖母はまれに見るクソババアだったので例外としても、兄のクソさというのは普遍的なクソ男あるある。特に共働きの夫婦に通じるところがありまくりということで、自分がどんなことに対して「こいつとは一緒に暮らしたくない」と思うのかということをここに残して、今後男と暮らす際にはこれを読み返して留意しておきたい。



一緒に暮らしたくない男【ごんちゃろ編】



一、自分のことを自分でしない(し、出来ない)



まず大前提として。



大人は自分の事は自分でするもの。

 

自分の身の周りの事を無償で大人にやってもらえるのは子どもまで。

 

大人になったら自分の事を自分でするのはあたりまえ。



この私にとって大前提のことが、兄(を始めとした駄目男)の頭には一切合切抜けているんですよね。

 

別にこれは私が勝手に持っている思想じゃなくて、真理です。

英国の上流階級の子息が13歳でパブリックスクールに入れられるのは「自分の事を自分で出来るようになる」ためだし、米国海軍士官学校でまず教えられるのは「朝、自分のベッドを自分でセットする」こと。自分の身の回りの事を自分で出来ないのは格好悪いことなんです。

 

我が家は母が家事を引き受けてくれていますが、自分の事を自分でするのはあたりまえの大人だけの家庭で、母が私や兄の家事をしているのは義務じゃなくて(愛情から来る)サービスです。

だからこそ家事をしてもらっている側は感謝してこちらも愛情がなければ出来ないこと(サービス)を返さなければ、家事をしている側は愛情が無くなって当然というもの。

 

このあたりのことを、いっさい、なんにも、分かっていない。

 

家事を母がやって当然だと思っていて、36歳にもなって自分の身の回りの事を何一つ出来ない。いつまでも自分の事をママの可愛い小さなボクタンだと思っている。

 

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思い違いもはなはだしい。いい加減に現実を見ろ。

 

母は兄が結婚して家庭を持ったら兄のこういう部分はおのずと解消されると思っていたようなのですが、考えが甘すぎる。

こういう男は結婚したら妻に母の代わりをやらせるだけ。何故なら「自分の事は自分でするのが大人」という根本の観念が欠落していて、夫の身の回りの世話をするのは妻の役目だと思っているから。そんな男、鬼女速でも会社でもはいて捨てるほど見ます。



二、思いやりの無さがすごい



皆無。

 

びっくりするほど思いやりが無い。本当に人間か? と思うほどに無い。

 

以下、思いやりが無いエピソード。

 

我が家はふだん洗濯物は2階のベランダで干しているのですが、雨の日は浴室に場所を作って干して浴室乾燥機で乾かしています。

この間の雨の日も仕事から帰ると浴室に洗濯物が干されていました。19時頃、兄が帰宅してきて手を洗い冬には珍しく足まで洗っていました。ずいぶん長いこと洗面所を使っているなとその時思いました。

その後母の作ってくれた夕食を三人で食べた後、母は台所で片付けを、兄は2階に上がってリビングのパソコンスペースへ、私はお風呂掃除をしようと浴室へ行きました。

浴室に干されている洗濯物を見て私は、しまった、兄が2階に上がる前に声をかけて洗濯物を持って上がってもらえばよかった、と思いました。

そして洗濯物と浴室に作られた干し場を片付けながらふと、兄が夕食前に足を洗っていたことを思い出しました。

洗濯物が干された浴室で足を洗うスペースなどありません。

ということは兄は、一度洗濯物干しを浴室の外に避けてスペースを作り、足を洗い、その後また洗濯物をもどしたことになります。なるほど、長いこと洗面所を使っていたのにはそういうわけがあったのですね。

 

 



やばくないですか?



これを読んで「どこが思いやりが無いの?」と思った人は、恐らくその思いやりの無さで周囲を無自覚に傷つけているのですみやかに自覚した方がいい。(もしくは読解力がないだけかもしれないけれど、その読解力ではやっぱりそのせいで人生で誰かに迷惑をかけている可能性が高いからそれを自覚した方がいい。)

 

で、もう一回言いますけれど、

 

やばくないですか???

 

なんで、浴室の外に避けた洗濯物をもう一回わざわざ戻すの???? 何故、2階へ持って上がろうと思わないの?????

 

ちなみにその日の洗濯物は私は下着と靴下しか出していなかったので、干されていたのは兄の服がほとんどと母の服が少しと私の下着と靴下です。

 

ほぼ自分の服だけが干された洗濯物干しを、なんでもう一度浴室に戻すんですかね????????

 

面倒くさいのは分かりますよ。私だってそれなりに重い洗濯物干しを定位置の2階に持って上がるのは面倒ですから。

でもその面倒くさい『洗濯物干しを2階に持って上がる』ことを我が家で一番苦労が少なく出来るのは自分(兄)だという、そういう想像がいっさい出来ない。

 

このことで思いやりについて考えていてつくづく、思いやりとは「想像力」だなと思わされたのですが、では想像力ってどうやって身に付けるのでしょうね?

 

私は想像力が豊かな方ですがそれ故に、想像力が極端に貧弱な人間だってこの世にはいるのだということは想像の埒外でした。しかも家族に。同じ親の元で育っていて。

 

無い能力や技術を身に付けるにはひたすら訓練をするしかなく、それは想像力についても同じことでしょうが、それだって自分自身が「身に付けたい」と思わない限りは訓練のしようもないわけです。他人が身に付けさせることは出来ません。

ならどうすれば「想像力を身に付けたい」と36歳の男に思わせられるのか。

 

想像力がないということは「他者を思いやれない」だけではなく「気遣いが出来ない」「嫌われやすい」「仕事が出来ない」といった問題も間違いなく人生の中で出ているでしょうから、そういった面からアプローチして、想像力があれば人生がより良くなるという方向性で説得するしかないのでしょうか。それくらいしか思いつきません。

 

ということで頭を悩ませています。

こういった問題は本人に伝えるしかないので言わない限り解決しないのですが、兄と二人で話をすることがないのでどのタイミングで話せば良いものかも悩みどころ。

 

だから一緒に暮らしている人同士には家族会議とか外食とかの習慣があった方が良いのでしょうね。血縁者でもそうなのだから夫婦なんかでは特に。

 

ちなみに他にも兄の嫌だなぁと思うところに『幼稚(中学2年レベル)な話題しか無い』などがありますが、夫婦なら問題であっても兄妹なのでどうでもよいです。



砂糖断ちとは何か? 美容と健康を得るための挑戦

 

ここ最近は砂糖断ちをしています。

 

友人にそう言ったところ、「また変なことして・・・」と言われました。

夏には断食していたし、数年前まではマラソンにガチはまりしていたし、なんていうか基本的に「修行」っぽいことがすきなんですよね。ストイックな行為に惹かれる。

 

それはさておき砂糖断ち。

 

「究極の美容法」とも名高い行為ですが、美容法というのは根本的に健康法でもあります。それゆえ砂糖断ちは健康クラスタの諸氏も取り組まれているため、聞いたことがある方も多いかもしれません。

 

砂糖が体に悪いことは誰しもなんとなく分かっていることだとは思いますが、その「何が・何故」について、はっきり答えられる方はたいへん少ないかと思います。

私もまた、砂糖が体に悪いって言っても、でも脳のエネルギー源はブドウ糖じゃないの? と長らく疑問に思っていました。

そして今回砂糖断ちを行うにあたり調べたことでようやく理解したことが、

 

・砂糖の主成分はショ糖。「砂糖」という単語はショ糖のことを指す。ショ糖とはサトウキビやサトウダイコンを精製して作る人工化合物。

 

・ショ糖は二糖。単糖のブドウ糖と果糖によって構成されている。

 

・ショ糖を摂取すると、体内でブドウ糖と果糖の単糖に分解される。

 

・その分解の際に、体内にあるカルシウムやビタミンといったミネラル類を大量に消費する。



ということ。このミネラルを消費されることが害の原因なのですね。

だから砂糖を食べると虫歯になる(カルシウムを奪われてしまう)のか!!! とようやく理解。(※やや誤り。虫歯の直接の原因は、口中の虫歯菌がショ糖を分解した際、代謝物として酸を生み出し、その酸によって歯のカルシウムが損なわれるため。)

 

また私は、一年くらい前から寝る前にマヌカハニー(非加熱蜂蜜)を舐めて寝ているのですが、いくらマヌカハニーに強力な殺菌力があるとはいえ、歯磨き後に甘いものを舐めて寝てなぜ虫歯にならないのかすごく不思議だったところ、蜂蜜の糖分はブドウ糖と果糖といった単糖であるため、カルシウムを消費しない(なんならカルシウムがたくさん含まれている)からだと分かってようやく疑問が氷解しました。



つまり砂糖断ちは「甘いもの」を断つのではなく、「ショ糖」そしてショ糖よりももっとヤバい「異性化糖」、通称「果糖ブドウ糖液糖」を筆頭とした人工甘味料を断つ取組み。

が、果糖ブドウ糖液糖は砂糖よりも安くて砂糖よりも甘いのでまじで何にでも(特に飲み物。あと調味料)に入っているため、これを摂取しないようにするのは至難の業。

 

私は昼食は週5で会社の食堂で食べているし、お弁当を作るなんていうことは砂糖断ちよりも難しく苦難に満ちた行為であるため、調味料に関しては若干あきらめています。

 

また、いくら私がもともと甘いものが特に好きでないとは言っても、いえ、そんな私にとってすら、この世には魅力的な甘い美味しいものがあふれています。

 

そんな美味しくて素晴らしいものが食べられない人生に、いったい何の意味があるというのか。つまらないったらありません。

 

私は幸せに生きていくために健康かつ美しくいたいのだから、健康かつ美しくあるために不幸せになるなんて本末転倒というもの。目的と手段を取り違えてはいけません。

 

そういったことを鑑みて、自分の砂糖断ちのルールを制定することにしました。



砂糖断ちルール

 

  • ショ糖と異性化糖が入っているものを食べない。
  • 自分で選べない、取り除けない調味料に入っている分はあきらめる。
  • 夏と秋は砂糖断ちしない。(セブンイレブンの夏アイスや濃厚かぼちゃプリンが食べられない人生はむなしいため)
  • 旅行時やお祝い事など、特別な日は食べてよい。(美容や健康よりも優先すべきことは見極める)



これくらいのゆるいルールでやっていきます!

 

旅行時やお祝い事以外で甘いものが食べたくなった時は、非加熱蜂蜜、米麹甘酒、さつま芋、甘すぎない果物などを食べて過ごします。


 

砂糖断ちの効果



砂糖断ちをして二週間。その間に起きた効果なのですが、その前に。

 

前述したように私は世間一般と比較して普段からあまり甘いものを食べておらず、血糖値は79〜82あたりです。(※100以上が高血糖。70以下から低血糖

 

でもって私、昔から特にケアしていないのに関わらず、色白なんですよね。ハードにランニングに打ちこんでいた時期もあったし、ズボラなので日焼け止めも夏以外は適当だったりするのに。日焼けしないのではなく、日焼けしても秋冬になると白くなる。

 

自分でも何でだろうと思っていたのですが、砂糖断ちについて調べていて謎が解けました。

 

メイラード反応(糖化)といって、体内にある余分な糖分は、脂質とたんぱく質に結びついて細胞を褐色化させ、劣化させるのだそうです。これが進むとくすみやシミ、しわになって体に現れるという。

 

私の母もあまり甘いものを食べない人間なのですが、40年以上にも渡る愛煙家(かつ酒飲み)であるにも関わらず肌がきれいで、とても長年煙草を吸っているようには思えない、と医者から言われるような歯茎や肌をしています。

 

もしかすると、砂糖は煙草やアルコールよりも毒性が強いのかもしれません。

 

ということで、砂糖断ちをすると「肌が白くなる」とはよく言われていることで、私の人生でもそれは実感として正しいと感じています。

 

そんな砂糖の摂取量が低く色白だった人間が、さらに砂糖を摂らなくなってどうなったかというと、最近、肌に透明感が出てきたように思います。特に鼻頭と目の下のあたりに、ハイライトでも入っているかのような、かつてない透明感がある。

 

あとものすごく実感するのが「肌が乾燥しない」こと。

 

冬は例年頬や鼻の皮がむけるくらい、肌がカッサカサになるのが常で、今年も砂糖断ちをするまではやはりカッサカサだったのですが、砂糖断ちをやめて2日目から肌が乾燥しなくなりました。

何もスキンケアを変えておらず、ただ砂糖を摂っていないだけで肌が潤うなんてすごすぎません…? だって0円ですよ…?!(貧乏人の発想)

 

砂糖断ちをして2週目には、子どもの頃から冬は皮がむけてボロボロかつヒリヒリしていた唇の皮さえむけなくなり、自分でも驚くほどのつやぷる唇に。1,000円近くするリップを塗って、ようやく皮のめくれが抑えられていたあの唇が、0円で!!!(しつこい)

 

ちなみに砂糖断ちをしていて、いちばん誘惑されるのはワッフル屋さんの前を通った時なのですが、そういうときは唇をすり合わせ、皮一つめくれていない唇の感触を感じながら、己の中で「ワッフルを食べるか、この唇を捨てるか」を問い、誘惑を払っています。それくらい私にとってつやぷる唇の価値は高い。

 

その他で砂糖断ちの効果として有名なのは、

 

  • 口内炎が治る
  • 冷え性が改善される
  • イライラしなくなる
  • アレルギーが改善される
  • 生理痛が改善される

 

このあたり。

砂糖について調べていて、砂糖を摂ったときに起きる体の反応は「血行が悪くなる」「炎症する」に大別されるように思えたので、上記のことに効果があるのも納得。イライラは血糖値が安定することと、ミネラル不足が解消されるからかな。

 

あと思ったことが、アルコールと煙草ぐらい体に悪影響を及ぼすのだから、妊娠中はじつは砂糖もNGなんじゃないかなと。

妊娠中はただでさえ血管が広がって炎症が起きやすくなるのだから、砂糖の炎症反応も倍化しそうだし、胎児にカルシウムやビタミンを奪われるのに、自分の砂糖の分解にもそれらを消費されたら、もう体には残らないのでは。

 

砂糖の健康被害は昔からずっと言われていて、アルコールや煙草と同じく課税すべきだという意見もあるくらいなのですが、世界で二番目に産出されている作物である砂糖の産業を、人類が今さらやめることはもはや不可能でしょう。砂糖に課税するという政策を支持する企業がいるとはとうてい思えませんし。

 

このさき砂糖がこの世からなくなることはなく、砂糖が好きな人間もいなくならない以上、砂糖を敵視していても己がしんどいだけなので、私の砂糖断ちルールの最後には『決して他人に勧めない。(良いことをしていると思わない)』を付け加えて取り組んでいきたいと思います。

 

 

若者とおっさん(おばさん)の違いの鍵は自意識だと思う

 

上田啓太さんのブログ『真顔日記』が好きである。

 

さいきんの記事「おっさんは一つの様式」を読んで思ったことを書く。

 

内容は30歳をいくつか過ぎ、周囲の同年代が自らを「おっさん」と称していても、自分が「おっさんである」という自覚を持ちえなかった上田さんが、天下一品でプレイボーイの水着グラビアを見ながらラーメンとギョーザを食べている己の姿を客観視して初めて「いや俺おっさんじゃん」と自覚をした、という話。

 

まさに一人の青年がおっさんへと変わりゆくその過渡期をしたためた名文なのですが、これを読んで、若者と「おっさん/おばさん」の違いはどこにあるのかということがはっきり見えた気がしました。

 

 

何が若者をおっさん(おばさん)化させるのか

 

結論からですが、それは「羞恥心」の欠如じゃないのかと。

 

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(懐かしい)

 

羞恥心(DVD付)

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(※本文とは関係ありません。) 

 

上田さんは「おっさんとは一つの様式」で、集合意識として共有している「おっさんのイメージ」をなぞる行動を取った時、その人はおっさん化すると分析していますが、上田さんの取った行動と言えば「天一で」「ラーメンとギョーザを食べながら」「プレイボーイのグラビアを見る」。

 

天一で」「ラーメンとギョーザを食べる」までは若者も普通に行なうことから、「おっさん」と若者を分けるのは「プレイボーイの水着グラビアを見る」行為だと言えます。

 

なぜ若者はラーメン屋さんでプレイボーイの水着グラビアを見ないのか。興味が無いからか。

いいえ、そんなことはありえません。

 

ただ若者には「羞恥心」があるからラーメン屋では見ない。

 

「こいつラーメン食いながらプレイボーイ見てるよw」とラーメン屋の店員さん、隣席のお客さんに思われることに耐えられないから見ないのです。

 

これはつまり自意識が過剰である、ということでもあります。

 

誰もお前のことなんか見ていないのに

 

思い返せば私も十年前は自意識に振り回されていました。自分が周りにどう見えているかが気になって仕方がなく、親友相手に「私のこういうところってすごくない??」と聞いて死ぬほど面倒くさい承認欲求を満たしたり、他人に容姿を褒められると飛び上がって喜んでお母さんに逐一報告したり。勇気を振り絞ってラーメン屋さんに一人で足を踏み入れた時は、店中の目が自分を突き刺すように思えました。

 

年を経て、誰も自分が思うほど私の事を見ていない、という当たり前の事実に気づくと共にそういった感情は薄れてゆきました。それと共に、私は一人でどこへでも出かけて食事をとれるようになり、すっぴんにださい格好でも平気で電車に乗れるようになり、わりとでかい独り言が口をついて出るようになりました。

肥大化していた自意識が小さくなっていくと共に、羞恥心まで薄まってしまったといういい例です。私もきっと、一人で入った天一で手の届くところにプレイボーイがあったら「おっ、プレイボーイじゃん」って読みます。

 

私の尊敬する女性がかつて言っていました。

 

「女は恥だけは捨ててはならない」と。

 

恥なんか持ってたら生きにくいじゃないか。男漁りだって出来やしないぞ! とかつては反発していましたが、あの言葉はそういった意味ではなかった。

 

恥を捨てた時、人は「おっさん(おばさん)」になる。

 

世の中には年を経ても「おっさん(おばさん)」といった言葉が似つかわしくない、すてきなミドルエイジがいます。彼ら彼女らのようになりたければ、ただ一つ、羞恥心を忘れてはいけないのです。プレイボーイは家で一人で読むのです。



ならば「羞恥心さえ持ち続けていればいいのか?」と言えば、それもまた違うでしょう。

50や60にもなって一人で飲食店にも入れない人間(案外いる)、いつも世間体ばかり気にしている人間というのも自意識が過剰すぎてみっともない。(誰もお前の事なんか見てねぇよ!)



自分が生きていきやすい程度の適度な自意識を保ちつつ、いついかなる時も羞恥心を忘れない。

 

もうすぐ30代を迎えるにあたって必要な心構えを感じさせられたお話でした。