ごんブロ

だいたい月に一度、本や映画の感想を書きます

2024年4月に読んだ本

 

日本語のリズム 四拍子文化論/別宮貞徳

 

 

俳句(5・7・5)、短歌(5・7・5・7・7)、七五調、都都逸(7・7・7・5)など、日本語が心地よく聞こえる文章の根底にあるものは『四拍子』のリズムである――ということを、英文学の翻訳家で、元上智大学文学部教授の著者が論じた本。

面白かったし、とても納得がいく内容の本だった。日本語は極端に母音が少ない言語であり、かつ単語の六割が二音という構造から、二拍での発語が聞こえやすく、言いやすい。(幼児向けの教材の音読を思い出すととてもわかりやすい。)

二拍の繰り返しがつまり四拍子。ところが英語は三拍子であるという話も興味深かった。シェイクスピア演劇を原文に忠実なせりふとして日本語にするのは不可能らしい。



みどりいせき/大田ステファニー歓人

 

 

出だしの数ページを読んで、果たして私はこの小説を最後まで読みとおすことが出来るのだろうかと抱いた危惧が、まったくの杞憂となった第47回すばる文学賞受賞作。

ネットでも話題となった、純文学愛読者ほか多数の度肝をぬいた受賞コメントや、話題となった授賞式でのスピーチで著者の名前を聞いた方も多いのでは。かくいう私も、授賞式のスピーチにおける、著者の作家としての志の高さにすでに感銘を受けていたクチである。

 

 

 

うち ステファニー

早寝早起き 歯食いしばり

辛いゴミ拾い に従事

愛するかおりん Family にFriends

仕事仲間もとい みんなの支え

肥やしに 日々 水やり sense栽培

育ったつぼみ くだき 言葉 売買

一服したらまたね バイバイ

夜 帰り道 深く かぶり 顔隠す

championのhoodie

って感じの うちがステファニー

In da buildhing yeah

「みどりいせき」 2月に単行本出るんで

よろしくお願いします!

裁くの任せる 集英社

これから稼がせる うちら共犯者

余裕が出たら募る 他誌編集者

一緒になろうよ億万長者

 

みたいな・・・

堂々としてたいんすけど、実際今のは

ちょっと強がりっていうか

本当は気軽にハッピーなことだけ書いて

お金稼いで 家族養ってってやっていけたらなって

思ってたんですけど、なんか

いざデビューしてみると

なんか そんな成功って ぶっちゃけつまんなそう

始まってもないのに普通に不安

すばる販売されても前途は多難

書く前に人間 

生きるのは苦難

11月号販売の翌日からイスラエルハマスのテロ

「みどりいせき」へのレビュー増えれば増えるほど

比例して増すガザへの報復の惨状の報道

わけもわからず20分おきに死んで行く子ども

生きてるだけで罪悪感

社会の傷 もう見たくない

世界の裏を知りつつも 目を伏せ綴る平和な日常

そんなくだらないの書いて意味あんの?

小説家って社会に何の役に立つの?

歩みを止めて自問自答

虐殺を止められない国際社会の一員 それがウチ

あんまなめんじゃねえ

くだらんから消すことになった2作目50枚半

とにかくなりたくない恥知らずな作家

sell out 金儲け 惨めなcocksucker

そんなん恥ずかしいだけのただの馬鹿

赤に見せらんない 欺瞞まみれ 親父の背中

無理って言われても勝手にやる試行錯誤

自分なりのスタイルで

レペゼン dope 吉祥寺 from cyber hippie

ピース ハオ 中指

うちが大田ステファニー

 

「みどりいせき」は、17歳の男子高校生「翠」が主人公。ある日、小学生のころにバッテリーを組んでいた「春」と再会する。春は同級生とドラッグビジネスに関わっており、春たちといっしょにいたい翠も、ノリの延長で仕事を手伝い始めるようになる…という物語を、独特な口語体で綴った作品。

危うい青春の一幕を、そうとは思えないほど、鮮やかかつ爽やかに描ききった力量がすでに図抜けていて、著者の今後の作品を座して待ちたい。一作だけではとても判断できないくらい、大きな才能を秘めた書き手だと思う。



仮面山荘殺人事件/東野圭吾

 

 

1990年刊行。東野圭吾がまだそんなに売れていなかったころのミステリ小説。

90年当時としても、ひと昔前の雰囲気で読まれたのではないかと思うような、クラシカルな香りのただよう「ミステリ小説」という娯楽の醍醐味がつまった作品。いま読んでとくに驚くような内容ではないけれど、数時間で読めてしまうドライブ感がさすが。内容をすべてマーダーミステリーに落としこんでも通用しそうだとも思った。



怪盗ギャンビット 1/ケイヴィオン・ルイス

 

 

ハリウッドで映画化決定!世界が注目する超・話題の怪盗サスペンス小説!!

 

というキャッチコピーに煽られて、ろくに調べずにとりあえず図書館にリクエストして手元に届いてから、はじめて純然たる児童書であることに気づいた作品。

由緒ある怪盗の一族に生まれ、怪盗としての英才教育をうけて成長した17歳の少女・ロザリンが、<怪盗ギャンビット>というデス・ゲームじみた競技に挑む物語。480ページというなかなかの分量ながら、つぎからつぎへと目が離せない展開へ移り変わってゆくので、4日くらいで読んだ。

面白かったけれど、やはり子ども向けの内容なので、2巻はべつに読まないと思う。映画化したものを鑑賞したい。



波の上のキネマ/増山実

 

 

沖縄の西表島には明治時代から炭鉱があり、そこでは騙されるようにかの地に連れて来られ、過酷な労働に従事させられたひとびとがいた。経営難にある尼崎の映画館の館主で、今後の決断を迫られる主人公は、映画館の創業者である祖父がかつて西表島にいたことを知り、祖父のルーツを辿りはじめる。

シナリオスクールに通っていたころの先生の著作の一つ。9月の文学フリマ大阪で、先生の著作の二次創作をすることになったので読んだという経緯。

多分にノンフィクションを混ぜながら、映画をテーマにエンタメフィクションに仕上げた作品。二次創作をするという視点で本を読んだので、楽しむというよりは分析するような読みかたをしたけれど、それはそれで面白い読書体験だった。



ヨーロッパ思想入門/岩田靖夫

 

 

哲学の本リベンジ一作目。ちくま学芸文庫で敗北したので、岩波ジュニア新書に糸口をさぐってみたところ、大当たりだった。10代半ばあたりからを対象としているレーベルだけあって非常にわかりやすく、しかし内容は本格的という。今後は気になることはまず岩波ジュニア文庫で探してみようかと思うほど。そして本書は岩田靖夫氏の知的で典雅な文章がすばらしい。

第一章がギリシア思想、第二章でキリスト教、そしてそれらが第三章「実存の哲学」の土台にどのように入りこんでいるかを解説していく。

それほど順を追ってわかりやすく説明してくれても、カントやニーチェハイデガーの哲学はむちゃくちゃ難しくて、理解できたとはまったく言い難いのだけれど、思想って面白いなーという感想をもたらしてくれる一冊。

ソクラテスの思想の行きつく先が「人生の目的は善く生きること」であったり、キリストがいう「自分にとってこころよいものを大切にするのは愛ではなく、ただの自己愛」という教えは、人生をだいぶ生きた35歳のいま読むことでなお鮮やかに目に映るようだったし、レヴィナスの他者論はエヴァンゲリオンや、君たちはどう生きるのかのテーマで描かれていることでもあったと思う。

これまでに見た、ちょっとよくわからなかったという物語は、哲学を学んだ目でとらえなおすと理解できるのではという予感があるので、来月以降も入門書を読んでいきたい。



成瀬は信じた道をいく/宮島未奈

 

 

著者のデビュー作にして、2024年の本屋大賞を受賞した「成瀬は天下を取りにいく」の待望の続刊。前回に引きつづき最高の日常系の滋賀小説で、面白くて心地よくてむちゃくちゃ読みやすいので、しょうみ2時間くらいで読みきってしまえるけれど、ずっとこの作品世界に浸かっていたいがために、読み終えることに激しい抵抗感があった。ずっとずっと読んでいたいような小説。これはすごいことだと思う。

つまり本作は、私のような本ばっかり読んでいるような人間も楽しめるばかりか、読書をあまりしないような人も楽しめて、きっと作者にとっても、書いていてひたすら幸せを感じられるような作品だと思う。こんなに全方位に幸せな作品はそう無い。10年後も20年後も、本屋にこのシリーズが残っていることを願う。ぜひ3作目も出してほしい。



以上、今月読んだ7冊でした。

5月の読書感想は、たぶん漫画の話をすると思います。



はじめて日記を100日書いた

 

 

ことしの1月から、はてなブログの非公開ブログに日記を書きはじめて、100日が経った。書き溜まった記事の総数は100記事。つまり毎日かかさず日記を書いたということである。

じつは日記に関して、私はビギナーではない。初めて日記を書いたのは小学6年生のときだった。とはいえプロフェッショナルにはほど遠く、日記を書くことに飽きてはやめ、またなにかをきっかけに書きはじめてはやめるということを、20年以上繰り返してきた日記ノービス。ハンター×ハンターでいえばトンパである。

 

 

新人つぶしのトンパ

 

そんな私がいかにして100日も日記を継続したかについて、今回は書いていきたい。

 

 

結論からいうと、日記の継続に必要なのは技能ではなく、しくみである。

 

先人から学べ

 

しくみづくりにあたり、以下のブログ記事を参考にした。

 

honeshabri.hatenablog.com

 

 

non117.com

 

 

どちらもものすごく良い記事なので、一読をすすめる。むしろこれらを読めば、私の書くことなど読む必要は無いのだけれど、いちおう、先人の知恵を私はどのように活用したのか書いていく。

 

 

手書きをやめる

 

私はそこそこ長い日記歴のうち、その半分くらいを紙に書いていた。残りの半分はmixi日記なので、誰にも見せないような日記は、すべて紙だったといっていい。

いちばん直近の手書きの日記は、梅棹忠夫京大式B6カードに書いていたし、2022年はトラベラーズノートを使っていた。べつにこれはネタではなく、ふつうにガチである。

令和にもなってなぜ、けっして小さくない労力をはらってでも手書きにこだわっていたのかというと、自分なりにやむをえない理由があったからなのだが、それは今回の話とはまったくべつの話題なので、いまは捨て置く。とにかく私は、先人たちの日記術に倣い、はじめてデジタルで日記を書いてみることにした。

 

起きたことをリアルタイムでとにかくメモる

 

日記のネタとなることがらを、メモアプリのGoogleキープにとにかくメモする。

これは自分にさえわかればいいので、ちゃんとした文章じゃなくていい。

いいなと思ったXのポストや、ネット記事、最近なら「ラニーノーズの痛いファンのnote」など、気になったものはリンクをコピーして貼りつけている。

 

これは余談だけれど、日記のメモ書きとして使う前から、私はGoogleキープメモを多用しており、ほしいもの、プレイしたマーダーミステリー、取り入れたいメイクや髪型、休日に視聴する映画の候補、人の誕生日、出会った人の名前や犬の名前など、とにかくいろいろなこと、脳の外部メモリに保存しておきたいことを書き留めている。

仕事中は会社のパソコンからChromeをひらいて常時画面を立ち上げており、そうでないときはスマホからうちこんでいる。GoogleキープはChromeさえひらければどんなデバイスからも書きこめるだけでなく、アプリの起動速度が速いところが気に入っている。

 

翌日に下書きを書く

 

メモに残された事柄をもとに日記を書いていくのだけれど、私はこれを翌日の朝に書いている。

骨しゃぶり氏はリアルタイムで書き、non_117氏は夜に書いているが、私は翌日に書くことで、はじめて日記を100日継続することができた。ひとそれぞれのライフスタイルにあったやりかたで書くことが、継続のコツだと思う。

 

下書きに使っている媒体はGoogleドキュメントで、文字数はだいたいが1,000~1,300文字、最短が500文字前後。最長でたぶん2,500文字未満。作業時間は短いときで40分、長いときで2時間ほどかかっている。1月頃は書くのにもうすこし手間取っていた気がするけれど、継続していくにつれてどんどん速く書けるようになった。なおなぜGoogleドキュメントなのかというと、キープメモと同様、家のPCでも、スマホでも、会社のPCでも、どこにいても使えるからである。

 

書きあがった日記をはてなブログの非公開ブログにアップする

 

日記アプリなどいろいろと検討したが、結局は使い慣れたはてなブログを自分の日記帳に定めたのには、下記の理由がある。

 

  • 無料で利用できる
  • フォントをカスタマイズできる
  • 検索できる
  • カテゴリー分けが出来る
  • 見出しと目次を入れられる
  • 製本できる

 

このあたりにデジタルならではのよさを感じる。あと、まだ一度も使ったことがないけれど、写真を貼りつけできるのもよい。これらはべつに特記するほどの機能ではないのかもしれないが、無知な私が学習コストを払わずに利用できることじたいが、はてなブログのメリットだとも言える。

デメリットは、投稿するブログを誤って、こちらのブログに日記を投稿したことが二回ほどあり、すぐに気づいて消したけれど、いつかやらかしてしまう危険性があること。とはいえこのブログの読者のほとんどが、私や私の知りあいとは面識が無い人たちなので、もし目に入ったとしてもとくにダメージに感じないため、気をつける以外の対策をとっていない。



日記を100日を書いてよかったこと

 

日記を書くことには、脳の認知機能を向上させ、メンタルを癒し、その安定に寄与する効果があることは、すでにさまざまな研究が示している。

さきにも書いたように、もともと私は日記のビギナーではなく、日記が自らに及ぼす効果については重々理解しているつもりだった。しかし今回100日以上日記を書くことで、さらにそれを実感することとなった。具体的にいうと、負の感情の受容とその分析、そして立ち直りにおいてである。

これまでに書いてきた日記では、手が疲れたり、時間が足りなかったりすることで、そのはるか手前までしか行けなかった場所があったとする。それが、何十回と「書く」作業を繰り返すことで基礎体力がつき、今まで辿りつけなかった場所まであっというまに到達し、いっきにその向こうがわに行けたと感じた瞬間が、100日のあいだに何度かあった。それがどれほど私の精神衛生に良い影響を及ぼしたかは、言うまでもない。

 

なぜ日記を書くのか

 

最後に、なぜ私が日記を書いているのか、私は「日記」をどのように捉えているのかを書いて、記事を終えたい。

私は日記を、自分が自分に残せる、確かで最良の贈りものの一つだと考えている。もしかしたら唯一の、かもしれない。自分の日記だけは、自分にしか書けない。そしてどんなときも、自分を救うためだけにある。

人間は、自分の痕跡を見つけたときに喜びを覚えるさがを持つ。もうずっとあとになって、いろいろなことを忘れたころに、当時の日記を読む。そこにかつて生きていた自分と出会い直す喜びは、この世でもっとも優れた物語にも負けない感動と発見を与えてくれる。だから私は日記が好きだ。

 

 

 

2024年3月に読んだ最高の本と挫折した本

3月に早くもことし最高の1冊が現れたので、さきに書影をご紹介させて頂きます。

 

 

TATATと略したい

 

たとえ私の感想は読まなくても、『トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー』のタイトルだけは、どうぞ覚えていって下さい。

 

以下、今月の読んだ本。

 

 

 

 

読んだ本

書評家<狐>の読書遺産/山村修

 

 

1981年から2003年の長きにわたり、匿名書評家<狐>の名前で日刊ゲンダイの名物コラムを書いていた筆者が、病で亡くなる寸前まで連載していた書評をあつめた一冊。

『本が好き、悪口言うのはもっと好き』の高島俊男が、著書にて「嫉妬するくらい文章がうまい」というようなこと(あやふや)を書いていたので手に取ったところ、なるほど、どうかしているくらいうまい文章でした。文章を読む目が吸いついて、離れがたいと思うような美文。

書評、つまり誰かほかの人が書いたものを読んで、それについて論じたり、評したりということは、人のふんどしで相撲をとるようなものだと思われそうだけれど、この著者の手にかかると、書評も極めるとそれ自体が文芸であり、芸術になりえることがわかる。

また、私は当時の日刊ゲンダイの読者世代とはだいぶ離れた世代だけれど、本書を読んでいてふと、自分が中学生くらいのときは、このレベルの文章技術をもつ人間の文章が、まだ周りにあった気がする…と、記憶を想起させられる一幕も。ネットがまだ普及していなかった時代のほうが、いまよりも優れた書き手が多かったように思う。夕刊のスポーツ紙でこれほどの文章が掲載されていた時代は、おのずと周りの文章力も高くなったのではないだろうか。

空前絶後の読書家にして、日本最高峰の書評家だったと思う。



自慢話でも武勇伝でもない「一般男性」の話から見えた生きづらさと男らしさのこと/清田隆之

 

 

恋バナ収集をする男性ユニット『桃山商事』の清田隆之が、一般男性10人に自らの”生きづらさ”について語ってもらったインタビュー集。

一般女性である私はふだん、男性が多い会社で働いているし、20代のころ遊んでいた仲間の半分は男性だし、地元でバーテンのバイトをしていたこともあるし、30代のいま遊んでいる人間たちには男性が多く含まれているけれど、それでもこういった聞き書きを読んで、改めて得るものは少なくないのだから、人生であまり男性と関わる機会がなかったような女性が本書を読めば、もっといろんな感想を覚えることと思う。

本書を読み、その生育環境において、男にあって女にないものの最たるものは「競争」ではないかと感じた。女にももちろんなくはないが、やはり男が覚えるほど切実に「競争」させられ/してきた意識は、私にはない。5歳くらいの年齢から、ずっとどこかに競争意識を持って生きているのが「男」なら、それは確かに生きづらいだろうなと思うし、その反面、さっさと気づいて降りろよとも思う。

あと、アラサーくらいの年齢で、自分の生きづらさについて考える女性の話を、私はこれまでにかぞえきれないくらい読んできたけれど、その原因にはもれなく「親との関係」があったといっていいのに比べて、本書に出てくる男性10人たちのなかで、親との関係について話したのはわずか二人しかおらず、うち一人はDV加害者プログラムにおけるカウンセリングによって、はじめてそこに気づき得たようなかたちだったことが、もはや不可解だった。なぜ生きづらい一般男性たちのなかで、「親」は透明なんだろう……? 女性はあんなにもくっきりとしているのに、男性は関係ないなんて、ありえないのでは……?



闇の魔法学校 死のエデュケーションLesson1/ナオミ・ノヴィク

 

 

アメリカ発、大ヒットダークファンタジー『死のエデュケーション』三部作の第一巻。

 

むちゃくちゃ面白かった!!!

 

さいきん、むかし読んでいたような面白いファンタジー小説と出会えていないな…というような方におすすめしたい、面白さ超弩級の高純度ダークファンタジー

ホグワーツを100倍過酷にしたような、意思を持つ魔法学校・スコロマンスを舞台に、入学から卒業までの4年のあいだに、4分の3の生徒が死ぬという命がけの寄宿学校生活を送るティーンエイジャーたちの、青春とサバイバルの物語。

綿密に構築された物語の世界観と、魔法の設定がじつによい。やはりファンタジーの物語の面白さは設定とディティールに宿ることを思い知らされる。

主人公ガラドリエルは16歳の少女で、スコロマンス魔法学校での2年間をたったひとりで生きのびた孤高の魔女。持って生まれた才能から、もともと他者から避けられがちな娘だけれど、2年のサバイバル生活を経て、偏屈で、皮肉屋で、怒りっぽい性格はますます悪化している。

このガラドリエルことエルの一人称で物語が進んでいくので、読んでいて正直、この癖の強い主人公を好きになる瞬間は来るのだろうか…と不安になっていたところ、物語の三分の一を過ぎたあたりで、誰もがエルにハートを撃ち抜かれるような激アツ展開がぶちかまされるのが最高。著者は生粋のストーリーテラーだと思う。

夢中でページをめくった最終章の面白さの余韻を経て、こんなに面白い小説があと2冊もあるという、めまいがしそうなほどの幸福に、久しぶりに「これを読み終えるまで死ねない」という気持ちになった。

個人的には魔法の設定の細かさが、魔術士オーフェンの作者・秋田禎信の雰囲気に通じるものがあって、そこがたまらない。オーフェンシリーズが好きだった人にはとくにおすすめしたい。



トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー/ガブリエル・ゼヴィン

 

 

子どものころ、友だちとゲームをした幸せな記憶がある全人類号泣必死の傑作小説。

 

1980年代、小児科病棟で出会い、スーパーマリオブラザーズを通じて親友となったセイディとサムは、それぞれMITとハーバードに通う大学生時代に再会し、二人でゲームを作りはじめる。二人が作ったゲームは大ヒットし、またたく間にゲーム界の寵児となるが、やがてセイディとサムはすれちがってゆく。

 

ゲーム制作をテーマとしたサクセス・ストーリーであり、30年にわたる男女の友情を描いた物語。たとえばこれが音楽やITがテーマなら、これまでにも似たような作品はあり、本作が特別に珍しい物語では無い。それでも、『トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー』は大傑作だといえる。単に私がそれだけ齢をとっただけなのかもしれないけれど。

スーパーマリオドンキーコングゼルダメタルギア。日本人ならほとんど誰もが聞いたことがあるゲームが、じっさいに作中でプレイされるたびに、読み手のこちらの人生まで回想されるような感覚。同じゲームを愛したキャラクターたちが、作中でめちゃくちゃ面白そうなゲームを生み出していく高揚感。セイディ、サム、マーカスら登場人物の人間味あふれる魅力と、彼らが織り成す人間模様。どれをとってもたまらないほどの見応えと面白さがあり、読んでいるあいだ、何度も胸を熱くされて震わされ、切なさに身をよじり、ときに号泣した時間は、読書で味わえる幸福のすべてがつまっていた。

 

傑作小説なのはまちがいないけれど、ここにさらに映像と音楽、とくにスーパーマリオの音が入ったものを見たら、出だしだけで号泣する自信があるので、心の底から映画化を希求している。『レディ・プレイヤー1』と『ソーシャル・ネットワーク』を足して2で割るだけでええから、はよ…!!!*1



文明の生態史観/梅棹忠夫

 

 

日本の文化人類学のパイオニアである民族学者であり生態学者であり未来学者という、ここまで肩書を足すと胡散臭くなってくるような偉大な先生の論考<文明の生態史観>をまとめた一冊。

ものすごく頭のよい人が考えたことだけれど、誰にでもわかるようなやさしい言葉で説明してくれているので、内容はまったく難しくない。高度文明国が生まれる条件とはどんなものか、社会の変化、発展の基礎にある法則を説いたもので、自分のなかにある文明の見方や世界史観がガラッと変わる、知的興奮が味わえる一冊でした。むちゃくちゃ面白かった。世界史が好きな人にはとくにおすすめ。

 

ちなみに、4月3日からNHKで放送される『3か月でマスターする世界史』のたくらみが、アジアから世界史をとらえなおすというものであったり、第1回のテーマが「古代文明の発展のカギが“遊牧民”」など、本書の内容とずいぶん重複していると思ったら、ナビゲーターの歴史学者岡本隆司先生は京大の教授なので、著者の梅棹先生(京大の名誉教授)とは普通に師弟関係なのかもしれない。

つまり梅棹歴史学は、令和のいまでも新鮮でホットということ、なのかも?

 

www.nhk.jp



 

闇の覚醒 死のエデュケーションLesson2/ナオミ・ノヴィク

 

 

1巻があまりにも面白かったので、速攻で読んだ2巻。

1巻はムチャクチャ面白かったけれど、その1巻と似たようなことしかしていないので、面白いのは面白いけれど、だいぶもの足りなかった。そして長い。585ページもある。堂々たる鈍器本。

最終章はさすがの緊迫感と興奮でページをめくる手がもどかしいくらいに面白かったし、3巻を読んだ人の感想の熱量によってこのシリーズに興味をもったので、3巻にがっかりすることは無いと思うけれど、1巻を読んだあとの燃え上がるような興奮が、2巻のあとはだいぶ鎮まっているのがやや残念ではある。

 

 

挫折した本

 

哲学入門/戸田山和久

 

 

Xでフォローしているセンスのよいおねえさんが、Kindleのセールスで本書が300円くらいになっていたときに、とても魅力的なことばで紹介されていたので買ってみた本。ことしの私の読書目標は「哲学の本を3冊読む」でもあることだし。

電子書籍なのではじめはわからなかったけれど、じつは400ページ以上あり、文章は出来るだけ砕けた調子で書いてあるけれど、書かれている内容は高度そのものという本だった。

4日くらい頑張って2章まで読んだけれど、ふいに、誰かにミリカンの目的論的意味論について説明しろと言われても、なにも答えられないくらい、この本が自分のなかになにも残してないことに気づいて、これ以上は時間の無駄だと判断して中断。これは絶対にスマホKindleアプリで読めるような本ではないと思う。

ただ、わからないながらも、現代哲学について読むことは、フィクションを読むうえでものすごく有意義なことだと感じたので、もっと自分のレベルに合った本当の入門編から読んでみたい。

 

 

ということで、3月に読んだ本と読めなかった本でした。

わりと重量級な本が多かったので、4月は哲学のリベンジもしつつ、もうすこし軽めの読書もしたい。

 

 

*1:レディ・プレイヤー1著作権交渉にかけた年数は数年だそうです

タイムズカー会員になって1年と2ヶ月が過ぎた感想

 

シェアリングカー比較サイトから拝借しました

 

 

クルマのシェアリングサービス、タイムズカーのサブスクをやっている。

月額880円、あとは利用時間(15分220円)に応じて加算された料金を請求されるシステムである。*1

気づけばもう一年以上利用しているので、ユーザーとしての忌憚のない意見を述べてみる。

 

 

総括

 

  • 累計走行距離 395㎞
  • 累計支払金額 43,340円

(期間:2022年12月~2024年2月)

 

14ヶ月で割ると、月額3,095円強払っていた。

いま初めて数字にしてみて思ったのは、「べつに高くないな」ということである。サブスクと思うと高く見えるかもしれないが、私にとってシェアリングカーは習い事の概念に近いからかもしれない。

たぶん、2022年12月の時点では車道に出て1キロ走るのも怖くてしかたなかったところ、すこしずつ運転技術を伸ばして、いろいろなところへ行けるようになったという、お金で代えられない達成感と数かずの思い出が、シェアリングカーと切り離せないからだと思う。



よいところ

 

車のランニングコストを払わなくていい

ガソリン代、税金、駐車場代、その他もろもろのランニングコストを払わなくていい。いや、月額880円を払っているのだけれど、それですべてを済ませてもらえるという、煩わしさからの解放は特筆したい。ガソリンを給油した人には特典がつくので、私に至ってはいまだに、一度もガソリンを給油したことがないくらい、なにもしなくてもいい。

冬に路面凍結する地域では、シーズンになるとおのずとタイヤがスタッドレスタイヤに交換されるのもすごいと思う。



いろいろなクルマを運転できる

良いところかそうでもないのかは人によるだろうけれど、私はわりと気に入っている。スズキ、ホンダ、トヨタ、日産、ダイハツと、いろいろと乗れるのが面白い。いつかクルマを買うならこれにしたいな~とか、いろいろ参考になるので。



どんどんステーションが増えている

いまが業績のいい時期なのか、ここのところシェアカーステーションがどんどん増えていっている。ステーションのクルマは予約がフリーならどれを使ってもいいし、予約自体もスマホがあればサクっとできるので、出先で必要なときに使えると、ものすごく恩恵を感じる。



予約をドタキャン、直前に時間変更してもペナルティが無い

これは個人的に神制度だと思っている。極端な話、予約時間になって「やっぱ使わん」とキャンセルしても、なんのペナルティも無い。また、その日の午後あたりで4時間だけ使いたいけれど、時間がふわっとしか決まってないとき、あらかじめ昼12時から夜19時まで予約を取っておき、12時直前になって、予約時間を13時から17時に変更するような、ほかのユーザーに迷惑がかかるかもしれない使いかたをしても、なんのお咎めも無い。

ただし、予約時間を超過しても利用していると、ペナルティとして通常料金よりも割り増しされた超過料金をとられる。つまりそれを防ぐため、おのずと予約時間を1時間ほど長めに取るようになるのだが、その使いかたは運営からも認められていると言える。

しかしドタキャンについては利用履歴にも記録が残るので、あまりに頻発すればなんらかのペナルティがあるのかもしれない…?



活用術

 

シェアリングカーならではの良いところを活かすなら、なんといっても、電車や高速バスとの併用をおすすめしたい。

シェアリングカーはもとの場所に返却しなければならず、とうぜんだがクルマに乗っていない時間も利用時間に含まれる。つまりその間に発生した料金は、死に金になる。

なので、高速道路や快速列車が走っているようなところまでは電車や高速バスを使い、メインでクルマを使いたい地域でだけその土地のシェアカーを使うと、そういった死に金が浮く。慣れない高速道路を走らずに済むし、レンタカーよりも安いし*2、帰りはお酒を飲むこともできる。

これは隣県などのちょっとした遠出にすごく便利な使いかたで、この方法によって、私は遊びに行く選択肢がぐっと増えた。が、クルマ社会の土地ほどステーション数が少ない不便さはあるので、田舎ではまだレンタカー、タクシーのほうが優位。



悪いところ

 

とくに思いつかない。サービス開始当初はよくスマホからの予約がしにくいなど、HPのUI関係の愚痴を見たものだけれど、私が利用しているこの一年のあいだにもアプリのUIが改善され、いまでは使いにくいと思うようなことは無い。

また、どんな人間が前に使ったクルマか分からないという、衛生面での懸念をする人もいるだろうが、クルマを汚したユーザーは、つぎに利用するユーザーが通報できる制度もあるためか、はたまた私がメインで利用するステーションの周りは民度の高い人間が多いのか、私が使うときにクルマが汚れていたことは一度も無い。

 

これまで利用してきて起きたトラブルは一件だけあり、クルマの利用終了時、降車時にキーを返却ボックスに差しこむという返却操作がうまく機能しなかったらしく、ずっとクルマが利用中の状態となってしまい、数時間分の超過料金を請求されることがあった。が、メールでタイムズとやりとりをすることによって、今回に限り超過料金を請求しないという結果に落ち着いた。なおなぜタイムズが上から目線なのかというと、おそらくこういう場合に備えて、返却手続きは、①返却ボックスにキーを差しこむ、②クルマを出たあと、後部座席の窓に開錠カードをかざすという二段階構えなのだが、私は②をまったく知らなかったためである。今後気をつけて下さいとのことだった。

 

強いてタイムズに言いたいことがあるなら、このたびの値上げの波に抗えず、「あんしん保険サービス」という、利用ごとにつけられる一日保険の保険料金が、330円から550円に上がったことくらいである。

私は運転に不安があるので、この一年と二ヶ月、このオプションをつけないことはなかったのだが、550円は痛い。せめて……せめて、500円にしてはもらえないだろうか……。



以上、タイムズカーシェア会員として、一年二ヶ月を過ごした感想である。

クルマという遊びかたを覚えてまだ一年二ヶ月でもあるので、ことしもこのサービスを使っていろんな場所へ出かけ、思い出をつくっていきたい。



*1:※2024年3月15日時点

*2:検証したことは無いので詳しくは不明

2024年2月に読んだ本とエンタメ

漫画をたくさん読んで、本があまり読めなかった月。

 

 

 

 

小説

 

青い壺/有吉佐和子

 

 

戦後20年くらい経ったころの、京都のとある窯で焼かれた美しい青磁の壺と、壺に関わるひとびとのすがたが、まるで壺の表面に映し出されるように描かれるオムニバス短編集。

1話~2話が面白かったので、俄然期待が高まって読み進めたけれど、私にとっての面白さのピークは2話だったので残念でした。いや、ほかの話も面白くないわけではないのだが…。

文章もとくにめっちゃうまい、というような文体でもなく、エピソードも戦後の高度経済成長期のあたりの、日本のどこにでもあっただろうという話をサラッと小粋にまとめたようなもので、人間の醜さや尊さを描いたものでもなく、有吉佐和子のファン以外は読むほどでもない内容でした。これが向田邦子なら、もっとこわいこわい話を書きそうなものだけど。

有吉佐和子の著作はまだ2冊目だけれど、全体に通じているのは「お上品な空気」だと思う。そして私は、その部分によって、この作家があまり好きになれないのかもしれない。あと一作、時代小説を読んで見定めたいと思う。



パチンコ(上・下)/ミン・ジン・リー

 

 

1910年の釜山沖の影島から、1989年の横浜まで、歴史と国家に翻弄されながらも懸命に生きる、四世代の朝鮮人親子の物語。全米図書賞の最終候補作となった、世界的ベストセラー小説。

久しぶりに大河のような長大な物語を読み、一定の満足を得たものの、じっくり考えると下巻の途中から失速した印象。移民でもなければ朝鮮にルーツを持たない、傲慢な日本人の目でただの「物語」として見るなら、物足りなさがあったと言える。本書で描かれたような物事は、当時の在日朝鮮人たちの身にじっさいに起きたことであり、エンタメとしての物差しで見ること自体が間違っているのだけれども。しかし本書は著者のルーツを描いたものではない、純然たる「小説」で「物語」であるわけで。

主にソンジャが主人公だった、朝鮮から大阪に移り住み、子どもが生まれ、戦争が始まって終わるころまでを描いた上巻は、ドラマティックで目が離せないような面白さがあったけれど、ソンジャの息子たちが主人公となった下巻からラストは、先も書いたように、途中からあきらかに失速してしまって、その後盛り上がるわけでもなく、「え、ここで終わり?」というようなところで終わった。もうちょっと、万感の思いだったり、虚脱だったりといった巨大感情が味わえる題材であり、それを予感させる筆力だったんだけれど。

思うに、「誰も悪くない」みたいな話だったからかもしれない。その地政学的な重要性から、清に支配され、一時はロシアにも支配され、その後日本に支配され、世界大戦に巻きこまれ、やっと日本から解放されたそのつぎには、共産主義者と資本主義者の対立によって戦場にされた果てに、国土を南北に分かたれた国の民にとって、誰が悪いのかなんてわからないだろうけれども。それにしても、なんて複雑な歴史を持つ悲劇的な国なんだろうとは思う。



いますぐ書け、の文章法/堀井憲一郎

 

 

はてなブログにおいて「このひとすっごく文章が上手いな」と目をつけているブログ主さんが、先日「名著である」と褒めておられたことですぐに手に取ってみた一冊。本当に名著だった。

私は世代ではないので存じないけれど、著者は週刊文春の人気コラムニストだったフリーライター。だから本書の文章法はライター向けかというとまったくそうではなく、あらゆる「書く仕事」に通じる、ライティングの本質について書かれたハウツー本だった。シナリオスクールの授業に匹敵するくらいの、頭が殴られるような衝撃を、読んでいてひさびさに感じた。やはりプロフェッショナルはすごい。



嘘と正典/小川哲

 

 

三作目の小川哲にして、小川哲の天才性に気づく。この作家は本物だ。

私は小川哲は長編しか読んだことがなかったので、短篇までこんなに達者だとは思いもよらず。むしろ短篇の名手ではなかろうか。どの作品もレベルが高かったけれど、「ムジカ・ムンダーナ」が最高だった。小川哲は東大出の本物のインテリで、きっとほとんどの読者がついてこれないような難しい作品も書けるのだろうけれど、ちゃんとそのあたりの難易度を調整して、中高生でも楽しめるようなエンタメを意識して書いてくれていそうなところが素晴らしい作家だと思う。サービス精神が旺盛。

この調子で日本の文学界を牽引していってほしい。30代の現代日本人作家でいちばん好き!



漫画

 

スキップとローファー 3-4/高松美咲

 

 

 

名作なのはうすうすわかっていたけれど、3巻でみつみが実家に帰省する一連のシーンに滂沱してしまった。こんななんでも無いシーンだけで泣かせられる作者の力量がすごい。

モデルとした地である珠洲や輪島のいまの状況との落差というものもあるけれど、人間にとっての「故郷」というものを正確に捉えて描いているからだと思う。あと自分がもういい大人なので、みつみの母親の心理についても心を寄せてしまう。またそれが上手く描けている。故郷を守りたいという夢をもって東京の私立校に出た、信じられないくらい出来の良い娘が家に帰って来て、はりきって台所に立つお母さんの背中よ…。

また、3巻でなおちゃんがミカに言う「誰かと本当の友だちになれるチャンスなんてそうそうないのよ」がすごく心に響いた。良い漫画だな~~~。



九龍ジェネリックロマンス 1-9/眉月じゅん

 

 

6巻まで読んでいたけれど止まっていたので、また一から読み直して、最新刊まで進んでみた。

私が6巻で止まってしまったのもむべなるかなと思うくらい、5巻をピークに面白さが迷走している印象。眉月じゅんさんの絵がむちゃくちゃ素敵であるという以外、なにも真新しい物語でも設定でもないと思う。あと、蛇沼みゆきの設定を盛れば盛るほど物語の邪魔になっているように感じるけれど、ちゃんと活かしきれるんだろうか。どういう風呂敷の畳みかたをするのか以外、もうこの物語には興味が無いかもしれない。



サマータイムレンダ/田中靖規

 

 

身の回りでちょっと評判だったので、今さらだけど読んでみました。

1巻-4巻まではすごく面白くて、「影」が怖くてドキドキしながら読んでいたけれど、さすがに途中からはウシオが強すぎることや、「もうそのタイムリープ設定がよくわからんから、なにがすごいんかわからん」という風に、やや興が削がれた状態でラストを迎えてしまった。

作者がゲーム好きなことが十二分に伝わってくる、ゲーム的なつくりの物語だった。私はまるでゲーム文化に触れずに来たので、主人公が何度も死んではまた始まる物語って、いまではめずらしくないけれど、毎回「そんなん有りなんだ」という気持ちになる。

それはさておき、「影」およびハイネという別次元の強大な存在と、それだけの力を持ちながらも、あの小さな日都ヶ島を支配するにとどまっていたシデのスケールの小ささが、ラストに近づくにつれてアンバランスに感じた。めっちゃジモティなラスボス。

総じて、特に新しさを感じる物語ではなかった。



映画

カラーパープル

 

💜💜💜

 

アリス・ウォーカー原作の同名小説・二度目の映画化。

85年公開のスピルバーグ版「カラーパープル」は私の母の大好きな映画で、ビデオで観るたびに号泣するのが子ども心に不思議で、そのわけを知りたくて、大きくなるごとに何度も見返してきた作品。思えば変わった子どもだった。気が滅入るほど暗くて陰惨な作品を、ひとりで繰り返し観ていた。陰惨な物語は、17歳までにだいたい観終えた気がする。

話が横にそれたけれど、そんな暗いつらい「カラーパープル」を、めちゃくちゃパワフルなミュージカル作品にリメイクした本作。とっても良かった。むしろ2020年代にこそ真価を発揮したように思えたので、不朽の名作といえるのでは。時を経ても観る者の胸をうつ真理とメッセージがこめられた作品だと思う。

85年版と違っていたのは女性同士の結びつきがより密接で、特にシュグとセリーの絆には性愛が含まれていたこと、セリーが同性愛者だったということに、今さら「ああ!!そうだったのか!!!」と合点がいった。ぜんぜん気づいていなかった。また85年版は神や信仰がほとんどテーマになかったのに、今回はそれが主題だったのも印象的。この二つはより原作を踏襲したかたちになっているらしく、つまりスピルバーグは「神」をスルーしていたという事実に驚きを覚える。

ブスで、黒人で、女でも、わたしは幸せになっていい。なりたい自分になっていい。

真の自己肯定とはどういうものかということを伝えてくれる映画だった。号泣した。



ヴァチカンのエクソシスト

 

圧がすごいのよ

 

アマプラで視聴。ホラー映画が得意でないので、自主的に二部制に区切って観ることでホラー成分の軽減に成功。キリスト教徒でもなんでもないのであんまりピンとこず(キリスト教徒ならみんなハマる映画でもないだろうが)、なんだか小学生時代の金曜ロードショーの夜を思い出すような、B級映画感たっぷりの映画だった。クライマックスの派手さなんかが特に。



総括

本が5冊、漫画が25冊、映画2作でした。あんまり本が読めなかったのが心残り。

漫画を読んでいても本が読めていないとムズムズするというか、気持ちが満足しないことを実感したので、3月以降は漫画を読むペースを落とそうと思う。映画は満足するので、もう少し観ようかな。

 

自分にとって最適な選書をするため、本を読む動機を解体してみた

 

 

‟人生は短いのに、読む本は多い” とは、書評家のDainさん*1の言葉であるが、けだし名言であると、齢を重ねるごとに思う。

会社員である私が一年に読める本は、だいたい50冊~89冊くらい。本を読むには体力と視力が要ることから、生涯で読める本には限りがある。できるだけ効果的な読書をするために、どうすればいいのか考えてみた。

 

 

 

 

最適な選書をする

 

効果的な読書にもっとも必要なことはなにか。それは自分にとって最適な選書である。本はただでさえ多いのに、私はエンタメも純文学もエッセイもノンフィクションも人文書も好きだ。

ということで、このあたりで一度、自分の選書方法についてきちんと考えてみることにした。それはとりもなおさず、自分がなぜ本を読むのか、なにが得たくて本を読むのかという“動機”について考えることでもあった。

 

 

その本からなにが得たいのか?

 

私が本を読む動機を考察したところ、だいたい6つに大別された。

 

  • 楽しみたい
  • 知りたい
  • 分かち合いたい
  • アイディアを得たい
  • 文章がうまくなりたい
  • 義務

 

ひとつずつ解説していきたい。



6つの動機

 

楽しみたい

見てのとおりの、読書をする人のなかでこの動機を持たない人はいないと思われる、一般的な動機。エンタメ、エッセイを読む理由は基本的にはこれ。楽しみたいから読んでいる。



知りたい

知的好奇心に基づく読書がこれ。ノンフィクション、歴史や社会学などの人文書、そのほか、知らないことを知りたいという欲求から読む。



分かち合いたい

人からのおすすめ、SNSなどで話題になっている本を読む動機。いわば、コミュニケーションのための読書。あるいは、承認欲求のための読書。



アイディアを得たい

これは私が小説を書く人間だからなのだが、ネタを求めて読む習性が10代のころからある。ノンフィクションや歴史の本などは、純粋に面白いというのもあるが、いつか小説に使えるかもという下心もあるからこそ読んでいる。さいきんでは社会学の本などは、ここに書かれていることはすべて、小説のテーマとしてのアイディアの源泉ではないかと気づいたので、やはり読む数を増やしたいと思っている。



文章がうまくなりたい

小説を書く人間だから持つ動機その2。うまい文章を書けるようになるには、うまい文章をたくさん読むほかない。とはいえ中学生の頃にはすでに、美しい文章を読むと脳が気持ちがいいという感性があったので、きれいな文章の本を読むのは私にとって喜びである。ただ文章が素晴らしい本が、必ずしも面白さも備えているとは限らないのがネックではある。



義務

謎の動機に思えるかもしれないが、「義務」としか言いようのない動機で読む本がある。主に古典、不朽の名作といったもの。「本が読める」という、人によってはギフトといえる才能を持って生まれたからには、ちゃんと読まなければならない本がこの世にはある。



これら6つの動機をベン図にしてみたものが下記である。

 

 

わたしが本を読む動機のベン図

 

ベン図というものは便利で、動機を並べてみることで自分でも気づかなかったことに気がつく。たとえば、私が「分かち合いたい」本をよく選んでしまうのは、しばしば「楽しみたい」「義務」「知りたい」の動機も満たすことができるからなのか、など。

加えて、2023年に私が読んだ本79冊を動機でカテゴライズすると、このような結果となった。

 

 

動機別 読んだ本の円グラフ

 

昇順にすると下記になる。

 

楽しみたい:26冊(33%)

分かち合いたい:19冊(24%)

知りたい:10冊(13%)

文章修養:9冊(11%)

アイディア:9冊(11%)

義務:5冊(6%)

 

この割合をどう考えるかは個人によるが、私としては「分かち合いたい」が少し高いと思った。

分かち合いたいという言葉は聞こえがよく、じっさいある人と仲良くなりたい場合、その人がおすすめしている作品を鑑賞して感想を伝えることで、ぐっと仲が縮まるといった便利な技があるけれど、この動機は「認められたい」という承認欲求から来るものであることも忘れてはならない。

 

また私は、読んだ本に独自の採点付けをしているのだが、「分かち合いたい」カテゴリの平均点数は77点で、それほど高くないことも重要である。

ほかのカテゴリの平均点数も並べると、下記のようになる。

 

楽しみたい:81点

知りたい:80点

文章修養:80点

義務:79点

アイディア:78点

分かち合いたい:77点

 

これはあくまでも2023年だけの記録を基にしているので、根拠とするには弱いことはいなめないが、それでも頭の片隅には入れておきたい数字である。

ちなみに「楽しみたい」カテゴリの平均は81点だが、最高得点の100点と、最低から二番目の50点が出たのもこのカテゴリだった。(最低の45点は「分かち合いたい」)

 

 

今後の方針

ということで、今後の選書は「分かち合いたい」を減らして「知りたい」「アイディアを得たい」という動機で読む本を増やすことにする。

「文章修養」と「義務」も、それほど進んで選んでおらず、読んでいるあいだもあまり楽しんでいる覚えはなかったわりには満足度が高いことが、こうして数字にすることでわかった。

 

上記のことを鑑みて、2024年の読書は下記の数字を目安に選書をしたいと思う。

 

 

2024年の読書の動機の円グラフ

 

楽しみたい:23冊

知りたい:11冊

アイディア:11冊

分かち合いたい:10冊

文章修養:9冊

義務:6冊

(合計:70冊)

 

 

「分かち合いたい」は10冊まで。

とはいえ年間合計70冊で設定しているので、ほかのカテゴリがちゃんと読めていれば、あとは自由に読んでいいことにする。

 

本をやみくもに読むのも楽しいけれど、選書についてじっくり考える作業をするのは初めてで、想定外の面白さがあった。

ここまで変態的に自分の読書をデータにする必要はないけれど、本狂いの皆さんは、一度自分の本を読む動機について考えてみると、選書のスキルがいっそう磨かれるかもしれません。

 

*1:読書感想ブログ「わたしが知らないスゴ本は、きっとあなたが読んでいる」のブログ主様

2024年1月に読んだ本

1月のベストは朝比奈秋の「植物少女」です。

 

 

 

プロジェクト・ヘイル・メアリー/アンディ・ウィアー

 

 

昨年のベスト本でもよく名前を見かけた、各所で大絶賛のSF小説。寡聞にもれず、むっちゃくちゃ面白かった!!!

刊行からまる2年が経っているので、結末はぼかしつつもネタバレしていきます。

 

 

 

ロッキー可愛すぎ。

 

クライマックス、ぐちゃぐちゃに泣いちゃった。

 

 

いや~~~~~もう、ほんといい話でした。科学SF部分に関しては、私はからきしなので楽しめたとは言いがたいけれど、異種族間交流/友情/愛の物語として大満足の物語でした。

あの結末にははじめは本当にびっくりしたけれど、読み終わってからジワジワと「…いや、完璧なラストだったよな、あれ…。」と思い出してはジーンと感動していました。グレースの本分は生物学者としての部分にあったのだというラスト。すっっっっっっごいよかった。映画化もむちゃくちゃ楽しみ。



ほむら/有吉佐和子

 

 

はじめての有吉佐和子。なにから読めばいいのかわからなかったので、20代のときに書いた短篇を集めた初期短編集の本作をチョイス。

天才作家の一人として誉れ高い著者だけれど、さすがに20代のときの文章はまだ不安定で、はじめは「なんだこの妙なリズムは」と、独特の文章のリズムに面食らったものの、若さゆえの揺らぎだったようで、四作目あたりからはぐっと洗練されて良くなるのを感じました。天才の軌跡が味わえるともいえる。

「ほむら」「赤猪子物語」は、どちらも「物語における男のご都合主義展開」をひっくり返して嘲笑う(でも男(権力者)には配慮する)ようなお話で、さすがに令和のいま読むと、あ~~若いな…と苦笑したくなるのが、「紫絵」あたりから凄まじい才気が感ぜられるようになり、30歳で書き直された「落陽」ではすでに作家として完成してる感がある。

まだ感動するような地点まではいっていないけれど、ほかの著作でねじふせられたいような作家。



物いう小箱/森銑三

 

 

明治生まれの書誌研究者である著者が本業のかたわら、古今東西の怪奇譚などから想を得て書いた小品(いまで言うショート・ショート)集。

以前読んだ高島俊男のエッセイで、京大の初代学長にしてすさまじい変人・狩野亨吉先生について語られたパートにて、ほんの数行引用された文章から「文章の達人」の香りがしたので、文章修養がてら読みました。文章はもちろんばつぐんに上手かったけれど、修養として読むなら有吉佐和子のほうが向いている気がする。

話が逸れたけれど、すごく面白かった! 日本と中国の話が半々で、全部で40編ほどあるけれど、どれも強度のある「奇妙な話」で心に残った。表題作ももちろんだけれど、とくに吉原に碁がめっぽう強い遊女がいて、死後碁盤に憑りつき、その碁盤が一度だけ相まみえた本因坊のもとにめぐってくる話なんて、それだけで小説のよう。「本因坊」「碁盤に憑りつく」が『ヒカルの碁』と共通しているのは、ほったゆみさんがこのお話を存じておられたからなんだろうか。非常に興味深い。



男ともだち/千早茜

 

 

女友だちとの雑談で「セフレが良い男友達でもあるという関係ってわりと至高では」みたいな話題がでて、そういうことについて書いている小説が読みたいなーと思ったときに、本書の存在を思い出して読んでみました。

が、本書の主人公と「男ともだち」は一度も性行為をせず、なんなら性行為をしたら二人は「友だち」ではないという思想のもと書かれていた作品だったので、わりとがっかりしました。あまりに平凡すぎて。

千早茜さんの本はこれで3作目だけれど、どの作品も少女漫画くさく、2014年に刊行された本書に至ってはむせそうになる濃度で、つまりあまり好みではないんだけれど、異常なくらい読みやすいところが本当にすごいと思う。



静かな人の戦略書/ジル・チャン(神崎朗子訳)

 

 

ときどきむしょうにビジネス書(自己啓発書)が読みたくなります。私は外向型人間ですが、内向型の戦いかたってどんなものなんだろうと思って手に取ってみました。

内向型・外向型以前に、著者はそもそも相当な高IQ人間なので、自分の人生の参考になるような話はあまりなかったけれど、サラリーマンを長いことやっていると、じっさいに知っている何人かの顔が思い浮かんでくるような、納得の多い内容でした。日本は昔から内向型で成功する人間が比較的多い風土であると思う。

内向型・外向型ははっきりと二分されるものではなく、人間はもっと複雑なグラデーションのなかに生きており、私自身も内向・外向の両方の特徴をもっているけれども、とはいえどちらかというと外向型の戦略で生きていったほうがいいのかな…? とも思いました。

また、なんとなく思っていた、「SNSではめっちゃ面白いひと、会ってみるとあまり面白くない」の法則が証明されていてちょっとすっきり。

SNSもブログも小説も、ほんものの内向型の人間がやっているものは、私など及びもつかない面白さなので、その点は心から羨ましいなぁと思う。



植物少女/朝比奈秋

 

 

1月にして確実にことしのベスト5以内に入るであろう作品。

昨年くらいから「朝比奈秋」の名前を一部で見るようになったのも当然で、著者は2021年デビューの新人作家であり、本作は2冊目の著作。にもかかわらずこのレベルなので、この作家は日本の文学界が全力で守って育てていくべき本物の天才作家だと思います。

読みながら、本を読んでいてこんなに深い、静かな気持ちになるのは10代のころぶりかもしれない、と思わされるような引力と、普遍のテーマ性と真実を描いた、ひさしぶりに読む「本物の小説」。

個人的には小川洋子や、ジャネット・ウィンターソンの「オレンジだけが果物じゃない」をどこか彷彿とさせる雰囲気を感じたので、海外でも高く評価されそうだと思う。

内容は、自分を出産するときに脳出血をおこして植物状態となった母親をもつ女の子・美桜を主人公とした物語。特殊な世界のなかで現れる人間の普遍性を描いた作品です。



アーモンド/ソン・ウォンピョン

 

 

日本でソン・ウォンピョンが初めて広く知られることとなった作品。本屋で表紙を見かけたことがあるかたも多いのでは。

生まれつき偏桃体に異常があって、怒りや悲しみといった感情がわからない少年・ユンジェを主人公とした物語。

とても良いYA文学で、読書初心者におすすめしやすい作品だと言える。が、ソン・ウォンピョンののちの作品「プリズム」や「他人の部屋/四月の雪」に比べると、惹句の「涙が止まらない」は言い過ぎかなとも思う。普通に良かったです。



以上、1月に読んだ本8冊(7作品)でした。

映画は「ダンジョン&ドラゴン」「長ぐつをはいたネコ」「ペルシャン・レッスン」「カラオケ行こ!」の四作を観たし、マンガは「違国日記」の6巻-11巻、「推しの子」の1巻ー12巻を読んだので、けっこう色んなものを味わった月だった。

2月は読書会に行くので、課題図書のミン・ジン・リー「パチンコ」を読むのを今から楽しみにしている。