ごんブロ

だいたい月に一度、本や映画の感想を書きます

2024年9月に読んだ本

9月は結局3冊しか読めませんでした。

 

優等生は探偵に向かない/ホリー・ジャクソン

 

「自由研究に向かない殺人」のピップが帰ってきた!

前作から数ヶ月後、女子高生探偵として内外に名前を知られるようになったピップのもとに、今度は人探しの依頼が舞いこむ。もう探偵業はこれっきりのつもりで、ピップは失踪した親友の兄の捜索にとりかかる。

前作に引き続き、今回も間違いなく面白い青春ミステリ。560ページもの長編作品で、やっていることの大半はただの「人捜し」なのに、それがどうしてこんなにも面白くて惹きつけられるのかと思うくらいに面白い。もちろんそれは、主人公のピップをはじめとしたキャラクターの魅力、人間関係のこまやかさ、心理描写の巧みさがあるのだけれど、中盤以降の新展開の掴みの引きの強さはちょっと忘れられないくらい強烈で、ストーリーテリングもずば抜けて良いという、いうことないくらい楽しい作品だった。あと一冊、シリーズ最高といわれる完結作(と、外伝一冊)が待っていることが幸せ。

本作でピップは、ミステリ小説の主人公として試されるようなある選択をする場面があるけれど、私にとってはそれによって本作のピップというキャラクターが、数あるミステリ小説の探偵のなかで特別な輝きを放つ存在になったといえる。この若くて危なっかしくて瑞々しい女性が完結作でどんな真実を掴むのかを思うと、読む前からどきどきする。

 

 

バーティミアス1-2/ジョナサン・ストラウド

 

バーティミアス。口のなかで口ずさむと、いまでも胸がきゅっとしめつけられるような思いになる、自分にとって特別な児童向け海外ファンタジーを、18年ぶりに買って読むことに。

むかし読んだものだから、いま読むともの足りなさを覚えるかもしれない、少なくともサクサク読めるだろうと思って読んでみたら、序盤からたまげるくらいかっとばしたエンタメで、キャラクターの魅力はすさまじいわ、展開は目が離せないわで、再読と思えないくらい夢中で読んだ。魔術師が世界の権力上層部を支配している20世紀のロンドンで、魔術師たちは異界から召喚した妖霊を使役して魔法を使うという設定の時点でめちゃくちゃ面白いのに、ふたりの主人公のうちの片方は五千年前から存在している中級妖霊のジン・バーティミアスだという。このユーモアと皮肉たっぷりなベテラン妖霊の語り口と性格がほんとうに最高。とくにおなじ妖霊のフェイキアールやジャーボウらとの戦闘シーンの格好良さたるや。

もう一人の主人公で、バーティミアスを召喚した12歳の天才魔術師である少年・ナサニエルのことは、むかし読んだときは、なんて嫌なガキだろうと思っていたけれど、いま読むと「そりゃあ本当に本物の天才が、師匠に恵まれなかったらこういうことになるわな…」という納得感しかなく、非常に楽しく読めた。

14歳で官僚となったナサニエルが、ロンドンの怪事件を解決するためふたたびバーティミアスを召喚する第2巻では、やはりバーティミアスが登場するところから面白さがぶち上がっていて、もはやバーティミアスがでてこないシーンは焦れてくるほど。

物語としては、3人目の主人公ともいえる反魔術師勢力の少女キティが登場して、シリーズを通してのテーマである「人間の良心」が立ち現れてくる構成となっていた。果たして人間はバーティミアスにとって、信じるに足りる存在なのか。ナサニエルはこのまま良心を失うのか。

 

というところで幕引きとなったので、最終作の3巻に進みたかったのだけれど、いかんせん身の回りが忙しくなりすぎて、すばらしいファンタジー小説を読むような精神状態になれなかった9月でした。

 

 

9月27日に東京に引っ越してきて、もうすぐで一週間になります。実家からの独居引っ越しなので、生活に必要なものがぜんぜん揃っておらず、大変な一週間でした。一ページも本が読めないような日があたりまえになりつつあったところ、10月1日から出向先での勤務がはじまって、この数年でいちばん精神が追い詰められた結果、なんと逆に「どうしても、いますぐに小説が読みたい」という欲求が、からだの奥深くから噴きだしてくるのを感じました。こんなにも切実に小説の世界に行きたくなったのはいつぶりだろう。

ということで、読むスピードと量が激減するのはたしかだけれど、私という人間にとって、「物語の世界」は本当に必要なものだったことがわかり、ほっとした一か月でもありました。今後読書感想ブログがつづくかはいまのところ一切不明ですが、べつの形ででもゆるゆるつづけられたらなと思います。

 

2024年8月に読んだ本

 

 

 

砂糖の世界史/川北稔

 

 

砂糖の入った紅茶とは、イギリスが代表する豊かな文化であるけれど、そも紅茶も砂糖もイギリス国内では生産できない。

にもかかわらず、なぜイギリス国内において広くこの文化が浸透したのか?

それは砂糖という「世界商品」の実権をいち早くイギリスが獲得したからであり、それがゆえにイギリスは世界の覇者となった。

砂糖から世界史を捉えなおすと、近代までの世界情勢がいっきにわかりやすく、面白くなる。岩波ジュニア新書で三十年以上前に出版されて、いまだに読み継がれている名・世界史副読本。すごく面白かった!!

サトウキビは亜熱帯という限られた場所でしか育たない植物であり、サトウキビから砂糖を生産するまでには大量の労働力が必要となる。そこに投入されたのが黒人奴隷。砂糖のあるところに奴隷ありといわれただけあり、本書は奴隷の世界史でもある。大人になってから経済の視点をもって世界史を学び直すと納得できることが多々あって、中高生のころに学んでいたときよりも頭に入る気がする。長年ランキングにありつづけるのも頷ける、世界史の名著だった。



自由研究には向かない殺人/ホリー・ジャクスン

 

 

昨年三部作が完結した人気ミステリの一作目。なんだかクサクサした気分がつづいていたときに、思いっきり面白い小説が読みたい、それもパワフルでみずみずしい女性主人公が活躍するもの、となって本作が選ばれたのだった。

結果、とてもよかった。翻訳ミステリを読むとき、自分はミステリ要素以外にもこういうものを求めているんだということが浮き彫りになってくるような小説だった。すなわち洒落たユーモア、それらが駆使された若者たちのじゃれあい、日本の規格ではないようなでっかい家と庭と犬。そういうものが詰まった小説でもあった。

英国で刊行されたのが2019年と、すでに最近ではなく、その間にもSNSを駆使した謎解きという題材は映画などで使われてきたため、2024年に読んで真新しさを感じるミステリではなかったけれど、それを補ってあまりあるほどの魅力がキャラクターにあって、十二分に満足できるミステリ小説だった。



現代思想入門/千葉雅也

 

 

人気の哲学者が、本当の初心者にむけて、現代哲学の入門とされる本についてやさしく解説した、入門の入門書。

お盆くらいに読んだはずが、いま思い出しても具体的な知識がさっぱり記憶にのこっていない。デリダとか、ラカンとか、あといろんな現代哲学について書いてあったはず。

これを読んで明確にわかったのは、哲学について学びたいなら、講座に出て、耳と目を使って、さらにノートにメモを書かなければ身につかないということだろうか。

また「哲学」は人類の知としてかなり古くからあるがゆえに、現代哲学について書かれていることは、社会学や、小学校の道徳で見るようなものとも重なっていて、いかに哲学が人間社会と密接なのかにも気づかされる。実存の哲学なんて脳神経学みたいな話が多いけれど、じっさいにあらゆる学問の進化に影響されながら今日の現代哲学があるため、あながち無関係ではないのだと思う。

奥が深すぎる学問なので、あと一冊初心者向けの入門書を読んだら、はじめに読んだ岩波ジュニア新書をもう一回読み返して、レヴィナスなど気になった哲学者の哲学書を読むのがいいのかもしれない。



グイン・サーガ1/栗本薫

 

 

読んだことがなかったのだけれど、友達がむかし好きだったと聞いて、話の種に読んでみた。30巻くらいまでAmazonKindleアンリミテッドの対象だった。

1979年に1巻が刊行され、2009年に作者が逝去した時点で正伝130巻、外伝22巻で未完となったヒロイックファンタジー。初めて読むことで、なぜ130巻もあって完結しなかったのかを肌で理解するほどに、一つひとつのシーンの描写が細かくて、冗長で迂遠だった。令和のスピード感で読むと、なんでこんなシーンがここまで長いのか理解できないくらい長い。なのに筆さばきは流麗なので、著者はただ、自分の眼裏に見えているものを、イタコが自動筆記するようにして「グイン・サーガ」を書いたのだろうことが想像された。

この調子で読むには私が気が短すぎるので、つづきを読むのは躊躇している。世界観やキャラクターは魅力的なんだけれども…。



サンショウウオの四十九日/朝比奈秋

 

 

今年の1月に初めて「植物少女」を読んだとき、これは今後の日本文学界が全力で守って育てていかなければならない至宝であり、数十年ぶりに日本に現れた本物の小説家だと感じた作家の最新作。芥川賞の受賞は当然で、恐らく朝比奈秋は今後海外の賞などもたくさん受賞されると思う。

本作「サンショウウオの四十九日」は前作よりもさらに難解な、ほとんど融合している結合双生児の女性を主人公とした物語。

結合双生児という特殊、意識とは何かという哲学、脳神経学の深遠な問いなど、テーマの重みと難しさもあって、私にとっては「植物少女」のように入りこんで読めるような物語ではなく、ちょっと期待外れかと思ったけれど、やはり後半からは、これが朝比奈秋の作家性なのだろうと思える「特殊のなかの普遍的な真実」を感じさせてくれるすばらしい小説だった。

「植物少女」でもそうだったけれど、朝比奈秋の小説を読むと、こう訴えかけられるように感じる。

‟あなたがたは私たちが不幸だと決めつけられるけれど、そんなことは誰がそうだといえるのか?”

"わたしたちは十分に幸せなのに"

と。明確に書いているわけではなく、読者が感じとるしかないのだけれど、胸の奥にボディブローのようにえぐりこんでくるそんなメッセージ性に、心を揺さぶられ、感動する。

私は朝比奈秋が書く小説が、切実に刺さるような人生を生きていないけれど、きっと世界中に、この人の書く物語が必要で、救われる人たちがいると思う。朝比奈秋はそういう作家。



野火/大岡昇平

 

 

毎年8月は戦争の本を自分の課題図書としており、ことしは本作にした。Xのフォロイーさんが、やはり毎年夏に本作を原作とした映画を観ているといっていたので気になっていた作品。

とはいえ小説だからか、あまりはまらなかった。文章は最初のほうはそうでもなかったけれど、筆が乗りだしたのか、途中からどんどん見違えたような美文になっていってよかった。

はんぱな知識があったせいで、てっきり著者の私小説だと思っていたので、終盤の展開には「こんなことを書いてもいいのか…」とハラハラした。カニバリズムの話なので。

これも未読だけれど、武田泰淳ひかりごけ」の話を連想して、調べてみると「野火」のほうが先に発表されていた。戦後は一時期カニバリズム文学の流行(ということばは響きが悪いけれど)があったんだろうか。その深層心理を考えるとやはり怖いものがある。



炎環/永井路子

 

 

1950年代~70年代の直木賞は、文章もむちゃくちゃ達者だし、エンタメ性も高いので、アタリが多いという自分のなかの基準があり、本作もその選書法で選ばれた一冊。

源頼朝の周囲の人間を主人公とした、四篇の中短篇からなる350ページほどの作品。三谷幸喜の「鎌倉殿の13人」にも大きな影響を与えた作品で、恐らくひと癖も二癖もある厄介な人間・源頼朝のイメージを、はじめて世に提示したのではないかと思われる。

「悪禅師」「いもうと」がとくに面白かったけれど、むかしの時代小説でしばしば見かける、「地の文が作者のことば」となっているところが、後半になるほど増えてやや興覚めもした。それとは無関係に、このあたりの歴史に疎いせいでそこまでのりきれなかったのもある。ちょっと期待しすぎたのかもしれない。



以上、8月に読んだ7冊でした。

不言実行が二ヶ月つづくていたらくなのにはもちろんいいわけがあって、10月から人事異動で東京に出向することになりました。35歳にして生まれて初めて故郷の大阪を出て暮らすので、8月からいままで怒涛の日々を送っています。

10月からは読書感想はおろか、そもそもの読書もできるのか怪しく、環境の変化におびえている近ごろです。

9月に入ってから1ページも本が読めなかった日があったりと、はやくも余裕がないのですが、なんとか今月中に読んでしまいたいと思っている4冊の本があるので、これだけはやりきれたらいいな・・・。

 

2024年7月に読んだ本

 

言語の本質/今井むつみ・秋田喜美

 

 

人間の子どもはどうやって言語を獲得していくのか?

そもそも、言語という巨大システムを人類はどのようにして構築してきたのか?

人工知能は真の意味で言語を理解するのか? 動物は?

という疑問について、言語学認知科学の両面からせまり、ある仮説を打ち立てるにまで至った一冊。

誰もが読める新書というよりは、ガチの論文をできるだけ多くの人間にわかるように噛み砕いた内容だった。つまり私にはちょっと難しいところも多々あった。もちろん面白かったところもあるけれど。

はじめに挙げた疑問は、すべてが本書のタイトル”言語の本質”とはなんなのか、という疑問に集約され、その答えはじつはすでに帯に提示されている。言語の本質、それは「オノマトペ」と「アブダクション推論」である。

子どもを育てたことがない私は、オノマトペが言語と非言語のあいだにある重要な「ことば」であることをまるで知らなかったので、非常に興味深かった。2-3歳の子どもに、ハサミでものを切る動画などを見せて、「きる」と教えて覚えさせても、条件(ハサミの色、切る対象)が変わると、「きる」が理解できなくなるが、「チョキチョキ、きる」とオノマトペを加えると、子どもは「きる」という音の本質、何を意味していることばなのか理解できるようになる。オノマトペは言語と言語でないものの架け橋の役割を担っているという。

 

 

誰が勇者を殺したか/駄犬

 

 

ボドゲ友だちの若い子に話題になっていることを教えてもらった、スニーカー文庫で久しぶりにヒットを飛ばしているライトノベル

タイトルとあらすじから、ミステリ、それも芥川の「藪の中」っぽい内容かと勝手に思って読んだので、期待外れだった。文章は異様なくらい読みやすくて、二時間くらいで読み終わった。

べつに悪くはない内容なので、小学生とか、これまで国語以外で本を読んだことがないというような、読書習慣が皆無の中高生におすすめできると思う。

 

 

今夜、喫茶マチカネで/増山実

 

 

大阪府池田市にある、石橋商店街をモデルとした町を舞台に、閉店がきまった老舗喫茶店で、月に一度人が集まって不思議な話を話していくという物語。聞き書きのような形式の短編集でとても読みやすいうえ、大阪のちょっと昔の時代もよく登場するので、大阪人の私にとっては、非常に身近に感じられる一冊でよかった。この著者の作品はこれが八作目だけれど、いちばん良い作品だと思う。

余談だけれど、この作品の作者公認二次創作を文学フリマ大阪12で発刊します。(宣伝)

 

 

百年の孤独ガルシア・マルケス

 

 

多くの読書家にとって一つの山であろう、ノーベル文学賞作家による、とある一族の百年の物語

かつていろんな人間が途中で挫折した例にもれず、私も十九かハタチのころに一度読んで、氷がでてきたあたりで限界に達してぶん投げた過去があったため、今回はあらかじめ読書会に参加を申しこんで期限を切り、自分を追いこむ状況をつくることで一週間と少しで読破した。

とはいえ、訳者の鼓直の文章がとにかく美しいため、そこまで苦労して読んだわけでもない。これは鼓直の文章がもともと美しいのか、ガルシア・マルケスの原文もそうなのかが気になる。ノーベル文学賞作家だからやはり美しいのだろうか。

つまり、たぐいまれなる美しい文章によって綴られる、変人ぞろいの一族のドタバタ、仲たがい、ちょくちょくおばけとファンタジーの、笑いあり哀愁ありふしぎありの百年の物語。昔はとても難解で小難しいイメージを持っていたけれど、かなりふんだんなユーモアがこめられた作品であった、というのが、今回の再読で得た大きな発見だった。

一人で読んでもわけがわからない場面が多いうえ、人によって場面の受け止めかたがまるで違うので、ぜひ読書会に参加するなどして、読んだ人同士でわいわい話すといい作品だと思う。私はやはり女性陣が好きだけれど、なにげに四世代目に嫁にきたフェルナンダが好き。こんなにわけのわからない話なのに、ああいう他所からきた人間が、それまであった家の決まりごとをめちゃくちゃにする妙なリアルさに可笑しみがある。

 

 

海がきこえるⅡ/氷室冴子

 

 

海がきこえるの一巻を数年ぶりに再読して、開始から50ページまでの神がかった名作ぶりに改めて感動して、まだ読んでいなかったつづきの二巻をやっと読んだ。

あんまり良くなかった。拓の土佐弁まじりの一人称によって展開された一巻に対して、東京の大学に進学して日々をすごす二巻は標準語の一人称なので、その時点でやや興ざめというもの。仕方のないことではあるけれども。

物語も、一巻の脇キャラであった津村智沙の不倫の恋の比重があまりに大きくて、私が心から好きになった「海がきこえる」とそこに期待するものが、まるでといっていいほど描かれなかったことが残念でならなかった。

ヒロインの里伽子はあいかわらず最高だったのでそこは満足。この年代の気が強くて頭の良い少女を描かせたら、氷室冴子は天下一品。

 

 

中島らもの特選明るい悩み相談室 その1・ニッポンの家庭篇/中島らも

 

 

ユーモアのある文章が読みてぇ~~~~と思って、小学生のころ一度エッセイを読んだ記憶をたどって中島らもを読んでみた。

朝日新聞の人気コーナーだった人生相談の抜粋で、ようは素人のボケに中島らもがボケ返しているやりとりであるため、いま読むと笑いが古く、当初の狙いからは外れていたものの、平成初期の日本の明るい家庭の空気が、真空保存されるように残っていて、それがもの珍しくて面白かった。せまい家で、家族全員がおなじ部屋で布団をのべて起き伏ししていて、お父さんが枕元の電気スタンドを点けて高校生の娘のコバルト文庫を遅くまで読んでいる姿なんて、日本からはとうに失われて久しい風景だろう。

 

 

以上、2024年7月に読んだ本でした。7月は月初からはじめてのコロナにかかったり、同人誌の原稿がいつもどおり書けなくてもがいたり、すこぶる調子の悪い下半期スタートを切っていたけれど、やっともろもろ落ち着きました。同人誌もぶじに入稿した。

9月こそちゃんと従来どおりの調子で読書感想ブログを書けるように、今月は自分のペースで日々を過ごしたい。

 

2024年6月に読んだ本

 

暗殺の年輪/藤沢周平

 

 

藤沢周平の初期作品「黒い縄」「暗殺の年輪」「ただ一撃」「冥い海」4編を収録。

2020年に「たそがれ清兵衛」を読んで以来、久しぶりの藤沢周平。すごくよかった。とにかく文章が美しい。目と脳が清流に洗われるよう。

直木賞を受賞した表題作もよかったけれど、ただの気のいいおっとりとしたおじいさんが、その身の内に秘めていた剣士としての野性を発揮する「ただ一撃」が、あと味の悪さがあってもなお喝采せずにはいられない格好良さだった。

初期作品なのにこの文章、完成度なのかと驚いて調べてみると、藤沢周平の前職は業界紙の編集長という経歴で、それまでにもいろいろと苦労をして、40代になってからやっとデビューした遅咲きの作家だという。「暗殺の年輪」が直木賞を受賞したときの選評も読んでみたけれど、なぜかこき下ろしているものが少なくなく、それゆえに選考委員会がどれだけ藤沢周平という新人作家の将来性に期待していたのかを逆説的に感じるという趣きがあった。

たそがれ清兵衛」は、剣戟の場面が、いっそその味気無さが粋であるというくらい地味だったことにもの足りなさを覚えていたけれど、「暗殺の年輪」や「ただ一撃」に登場する剣戟のシーンは外連味があって、むしろ初期のころの藤沢周平のほうが私の好みに合っている。ほかの作品も読んでいきたい。

 

 

気晴らしの発見/山村修

 

 

書評家<狐>の筆名ではなく、本名で書かれたエッセイ。

「書評家<狐>の読書遺産」が面白かったから読んでみたけれど、文体も雰囲気もぜんぜん違う。もはや別人が書いたと言っていいものだった。

内容は、軽妙に書かれてはいるけれど、じっさいのところわりと深刻に心身を病んだ著者の経験をつづったもので、脱線して繰り広げられるよもやま話は面白く読めるものの大半は退屈で、外れの本を引いたかと思っていた。ラストを読むまでは。

なぜ著者がこの本を書こうとしたのか、なにを書きたかったのかがわかるラストは爽やかで、作中で繰り返し描いていた青空の描写のように美しかった。終わりかたも見事だと思う。

 

 

小説の秘密をめぐる十二章/河野多恵子

 

 

大正生まれの芥川賞作家であり、女性で初めて同賞の選考委員となった小説家による、小説創作の指南書。書評家<狐>にて紹介されていた本。

寡聞にして知らなかったけれど、著者は純文学の高名な作家で、「羅生門」ですら最後の一文は余計で失敗と断ずるほど。内容は、古いといえば古いけれど、創作にかかわる、普遍であり根幹を成すことが書いてあったと思う。ちょっとすごい本ではあった。

この著者の物差しでいえば、いま文壇で地位のある作家であっても、その半分以上が半端者なのだろうし、本屋に並んでいる小説の九割はごみなんだと思う。それぐらい厳しいことが書かれてもいた。私のような、趣味でちょっとなにか書いているような人間が読むと、背中を向けて一目散に走り出したくなるような怖い本。

 

 

木曜日はあそびの日/ピエール・グリパリ

 

 

いまや創刊70年を超える岩波児童文庫の、長い歴史のなかで生み落とされた宝物のような童話集の一つであり、創刊40周年記念に出された特装版30冊のなかに選ばれた作品。

というとなんだか高尚で上品な作風のような印象を受けるし、じっさい子ども向けのお話だけれど、ふとした瞬間に炸裂するものすごい暴力とユーモアが、隠しきれていない隠し味をきかせている、癖の強い童話集だった。こういうお行儀の悪い物語こそ、子どものころに出会いたかった。12編くらい収録されているけれど、どれもすごく面白い。「ブリュブ王子と人魚の物語」がいちばん好き。

 

 

坊っちゃん夏目漱石

 

 

ことしの読書目標の一冊。「こころ」以外でほとんどはじめて読む夏目漱石。こころと違い、純然たるエンタメ小説だったので、読書目標にして意気ごむようなとっつきにくさとは縁遠い作品だった。こころも高校生の時点で読めたし、夏目漱石は明治の文豪のなかでは読みやすい作家かも。

若い江戸っ子の青年である主人公が、愛媛の松山の中学校教員となって、はじめて見る地方の土地のすがたに驚いたり、仕事というものにうんざりしたり、同僚と遊んだりと、夏目漱石自身の実体験が存分に活かされた作品。明治の日本と、そこに生きていた庶民の暮らしがいきいきと描き残されていて、いまの時代にも(おそらくこの先もずっと)通じる普遍的な人間のすがたに共感と面白みを覚える読書だった。

後に近代日本文学の文豪として、なくてはならない偉大な人物となる夏目漱石だけれど、若いころは教職と職場の人間関係に悩まされて神経症を患い、自分を立て直す作業の一環として、友人に薦められて小説の執筆を始めたという。「坊っちゃん」はそのころに書かれた作品の一つということだけれど、精神を病んでいた人がこういう明るいエンタメ小説を書いたというのは、意外な反面、どこか納得できる感じもする。

 

 

飛び込み台の女王/マルティナ・ヴィルトナー

 

 

岩波児童文庫目録を見ていて、タイトルとあらすじと表紙に惹きつけられた作品。

 

カルラは,ナージャの親友にしてあこがれの選手だった.たった一度の失敗が,すべてを変えてしまうまでは――.激しい変貌をとげる十代,エリート選手として飛込競技に打ち込む二人の少女は,周囲からの期待とプレッシャーにさらされながら,かけがえのない友情を育んでいく.ドイツ児童文学賞受賞作.

 

ものすごくよかった。飛び込みというめずらしい水泳競技を題材に、オーロラのように美しくて不安定で甘い、少女の黄金時代を描いた作品。めちゃくちゃ読みやすくてあっという間に読み終わり、もっと読んでいたかったとため息をつくような読後感だった。

個人的にはカルラからナージャへの思いに、もうちょい百合っぽい執着めいたものがあれば最高だったのにという惜しい気持ちがある。マルティナ・ヴィルトナー、ドイツの作家で岩波のスタンプブックスでしか訳されていないようだけれど、もっとほかの作品はないのだろうか。読みたい。

 

 

ジュリーの世界/増山実

 

 

1960年代から80年代、京都の四条河原町付近を拠点に徘徊していた伝説的なホームレス「河原町のジュリー」をテーマとしたフィクション小説。

1970年代という時代、そして京都をよく知っている人間にはなつかしくてたまらない内容なのだろうが、どちらも知らない私にはすべてが新鮮に読める内容だった。この著者の作品のなかではいちばん読みやすいほうかも。

 

 

トムは真夜中の庭で/フィリパ・ピアス

 

 

岩波児童文庫の往年の名作。

弟のはしかが治るまで、おじとおばの家で隔離生活を送ることを強いられ、ひとりで退屈しきっていた少年トムは、ある夜、屋敷の大時計が13回の時を打つのを聞き、こっそりとベッドを抜け出す。裏口のドアを開いてみると、そこは昼間にはなかった美しい庭園とつながっていた。トムは庭園で出会った少女ハティと友だちになり、毎夜をそこで過ごすようになる。

1958年にイギリスで出版されたファンタジー小説。イギリスの家庭小説らしく、庭園のこまやかな自然描写がよい。物語の途中から、はじめトムよりも小さかったハティは、彼を追い抜いて大人の女性になっていく。いつまでも庭園にはいられない成長の切なさと、時空を超えた友情の温もりと感動がラストに胸を満たす、名作の名にふさわしい物語だった。

 

 

以上、6月に読んだ8冊でした。岩波児童文庫をあさった月だった。岩波児童文庫はとてもよいです。

いつも1日に投稿している読書録のブログ投稿が2日に遅れた理由は、自分でも完全に原因がわかっていて、これまで読了後すぐに感想メモをXに投稿していた習慣を、なんとなくやらなくなってしまったせい。具体的にいうと「坊っちゃん」から。やはり感想を書く前段階として、Xへの投稿が意味を成していたことを実感。自分でも気持ちのいいものではないので、7月はちゃんと習慣を復活させたい。

 

2024年5月に読んだ本

 

死の泉/皆川博子

 

 

大好きな作家・皆川博子御大の代表作の一つで、659ページある長編。(これでもべつに大長編ではないのが皆川博子でもある)

第二次世界大戦末期のドイツの、アーリア人の孤児を養育するナチスの施設レーベンスボルンにて始まる第一部と、終戦から15年後のミュンヘンから始まる第二部の二部構成の物語。

御大の得意分野である、退廃的な美、倒錯した世界観と狂気、美少年、ひと癖もふた癖もある魅力たっぷりの登場人物たちが、いつもながら素晴らしい文章で描かれる。読み終わったあと、やっぱり皆川博子は最高だわ、という満足感で胸がいっぱいになる一作。

皆川博子の作品には、小説のおもしろさのすべてがつまっていて、読書って本当に楽しいと思わせてくれる。

本作は正直、ラストにいくにつれて、幻覚と現実が混在して、なにがなんだかわからないオチにたどりつくので、そこがすっきりしないといえばそうだけれど、そんなことが些事と思えるくらい、フランツやクラウスといったキャラクターの唯一無二の魅力が心に残る。こういう強烈な小説って本当にいいなぁ。

 

 

海をあげる/上間陽子

 

 

2021年に読んで以来、三年ぶりの再読。

余談だけれど、本を持たずに京都に遊びに行って、三条のブックオフで本書を買って、京都御所ちかくの小さな静かなカフェで読みはじめて、再読にも関わらずお店でガチ泣きしたという。

 

「大人になったほうがいいやろ。ぼろぼろでもなんでも。ひとに優しくできるほうがいいやろ」

引用:上間陽子『海をあげる』27P

 

また、「きれいな水」で、なんならこのエピソードで登場したおばあさんのことは記憶に残っていなかったのに、おばあさんが上間さんの子どもたちにおこづかいを、上間さんが断っても受けとらせようとして「なんで! もらって!」と怒るところでもう、涙腺が決壊してしまった。

自分が生まれ育った美しい島の、真っ青な海が真っ黒になるくらい、なにもかもを破壊されて、いっしょにいた自分以外の人間のほとんどが死に絶えて、それでも花を育てて米軍に売り、30年、40年と生きてきたということ。そのことのすさまじさ、言葉にできない「時間」が、三年前よりもわかるようになったということなんだろう。

 

海をあげる、本当に素晴らしいエッセイなので、まだ読んでいないという人はぜひ読んでみてほしい。いつ読んでも価値がある本だと思う。

 

 

アリアドネの声/井上真偽

 

 

地震のなか、地下に造られた巨大施設に取り残された盲ろうの女性を、ドローンを駆使して救助する、災害ミステリー。

Xの読書アカウント内でも評判で、表紙や煽り文句に興味をそそられて読んだけれど、昨今の「売り出しかたがうまい」本の成功例の一冊だった。

隔絶された場所に孤立無援でいる障がい者女性を救助するという、手に汗握るスリリングな状況を舞台にするための展開がさすがにあまりにもご都合主義的だし、ドローン操縦者である主人公は、一つ所に留まってただドローンを操縦しているだけなので、どれだけ文章で緊迫感を表現したところで絵的に地味なことには変わり無いため、「災害救助ミステリーの新たな傑作!!」みたいな文句をみると、どうしても首をひねってしまう。

あとこれは作者に非はないけれど、1月に能登半島で本物の大災害が起きて、半年ちかくが経っても補正予算さえつけられることなく放置され、このまま地震があったことすら忘れられていくのだろうかという現状が、読んでいるあいだも心に引っかかって、テクノロジーの力でスマートに災害救助をするフィクションを、無邪気に楽しむことができなかった。

ラストはよかった。

 

 

父がしたこと/青島文平

 

 

華岡青洲の死からひと時代が過ぎた、江戸時代末期のとある藩では、秘密裏に藩主の外科手術の準備が進められていた。譜代筆頭の武士である主人公は、失敗の許されない藩主の手術を、息子の命の恩人である医師の手に託す。

というあらすじの、医療時代小説。とても読みやすかった。が、会話の場面における地の文が、ライトノベルかと思うくらい稚拙で、会話シーンになるたびにストレスを感じた。こんなに会話のシーンが下手なのに、直木賞作家だなんてことがありうるのか。(反語法)

ちなみに藩主の病気は痔瘻で、主人公の息子は鎖肛という症例であるため、物語の半分ちかくで、ひたすら肛門の話が繰り広げられる小説でもある。

 

 

ともぐい/河﨑秋子

 

ともぐい

ともぐい

Amazon

 

第170回直木賞受賞作。

ものすごくよかった。日露戦争前の明治の北海道。人間というよりは獣にちかい存在として、山の中で猟師をして生きる主人公・熊爪の生と死を描いたハードボイルド小説。

なによりもまず、自然描写と動物描写が素晴らしい。身体性を持った文章によって、瑞々しさも生々しさも目の前に迫ってくるかのよう。人間と獣、近代と自然、倫理と欲望、男と女といった相反するもの同士がぶつかり、喰らいあう。本物の真剣勝負であるそこに、善悪は無い。小さな世界の出来事を描きながらも、壮大な後味を残す作品で、読み終わったあと、河﨑秋子という名前が胸に刻みつけられた。これはものすごい作家。

 

 

闇の礎/ナオミ・ノヴィク

 

 

死のエデュケーションシリーズの第三巻で最終作。

結論を言うと、私にとっては一巻の面白さが最高で、それを超えることはなかった。面白かったし、キャラクター全員がとても魅力的で、現代ファンタジーの世界観も、魔法の設定もむちゃくちゃよかったのは確かなんだけれど。一巻が至高。

なにより、エルの対となるような存在だったオリオンが、ぜんぜん活躍しなかったことが、物語としてだいぶ惜しい。もうかなり熟練の作家である著者だから、オリオンのパートを入れなかったのはあえてなのだろうが。

あと、すべてエルの一人称で進むために、背景にある複雑な設定や前提が省かれるがゆえに、肝心な部分でそれがどういう意味なのかよくわからない、みたいなことが致命的だった。最後のオリオンの場面とか。

とはいえ全体的に振り返ると、ひさびさに読んでいて心が躍る、面白いダークファンタジーだった。もっとこういうのを読んでいきたい。

 

 

木挽町のあだ討ち/永井紗耶子

 

 

第169回直木賞、第36回山本周五郎章ダブル受賞の時代小説。語り口のうまさに引きこまれてあっという間に読み終わってしまう、王道のエンタメだった。良作。

目撃者である6人がそれぞれに、芝居小屋のそばで起きたある雪の夜の仇討について語る、時代劇ミステリーにして人情もの。一章が20分くらいで読めるくらいの短さなのに、心に響いたり、涙ぐんだりするくらい、名台詞が多い。名台詞の多い作品は、すなわち名作だといえる。

気負わず読めて、面白くて、心をそっと震わせられる、理想的なよい小説だった。

Audibleでは関智一さんが朗読しているようで、素晴らしい配役だと思う。これはめちゃくちゃAudible向きの作品。

 

 

ストーリーが世界を滅ぼす/ジョナサン・ゴッドシャル

 

 

ぬまがさわたりさんが紹介していて、ずっと気になっていた人文書

 

 

 

【物語】、あるいはストーリー、またの名をナラティブ、そういったものたちが、どれほど人間の脳に多大な影響力を及ぼすかについて語った書。

はじめは、物語にそんな力あるかぁ~? と半信半疑で読んでいたけれど、本書が指す【物語】には、エンタメやフィクションだけではなく、言説、神話、宗教といったすべての”ストーリー”が含まれる。それを踏まえて考えると、コロナにおける陰謀論トランプ大統領の誕生など、日本のネットでは暇空茜とその信者による若年女性支援団体の攻撃など、「人間の脳がいかに物語に弱いのか」を現わす事例が、ここ数年だけでも山ほど思い当たり、青ざめるような思いになる読書だった。

著者によると、人間はホモ・サピエンスではなく、ホモ・フィクトゥス。人間が物語を好むのは、本能に根ざした行為であり、ストーリーを信じる力が人間を地球の覇者に押し上げた。そしてその力によって、人間は滅ぶのかもしれない。

ひと一倍物語を愛し、ナラティブを誰かに話さずにいる業をもつ自分自身を、思わず振り返った読後だった。

 

日本語のレトリック/瀬戸賢一

 

 

岩波ジュニア文庫二冊目。

古今東西のいろんな小説のレトリック(比喩)と、その分析と効果が書いてあって、これを読めば小説のレトリックがうまくなるのかな~という目論見で読んだら、ひたすら国語の修辞法の単元をやらされるだけみたいな読書だった。こんなん、中学受験する小学生か、国語の教師が授業に使う以外の目的で読むやつがいるのかよと思うくらい、めちゃくちゃ修辞技法の本。

 

以上、5月に読んだ9冊でした。

先月予告していたマンガの話は、期待していたほど刺さらなかったので割愛。ファンタジーBLだったんだけれど、ファンタジー要素がそうでもなかった。

9冊も読んだのは久しぶりだけれど、外れの本が多かったので、冊数と満足度はまったく比例しないことを実感。いいかげん自分の好みもわかってきたことだし、さいきん話題の本を追うのはやめたほうがいいのかもしれない。でも、そのなかに「方舟」とか「トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー」なんかがあるから、見極めが難しい。

 

2024年4月に読んだ本

 

日本語のリズム 四拍子文化論/別宮貞徳

 

 

俳句(5・7・5)、短歌(5・7・5・7・7)、七五調、都都逸(7・7・7・5)など、日本語が心地よく聞こえる文章の根底にあるものは『四拍子』のリズムである――ということを、英文学の翻訳家で、元上智大学文学部教授の著者が論じた本。

面白かったし、とても納得がいく内容の本だった。日本語は極端に母音が少ない言語であり、かつ単語の六割が二音という構造から、二拍での発語が聞こえやすく、言いやすい。(幼児向けの教材の音読を思い出すととてもわかりやすい。)

二拍の繰り返しがつまり四拍子。ところが英語は三拍子であるという話も興味深かった。シェイクスピア演劇を原文に忠実なせりふとして日本語にするのは不可能らしい。



みどりいせき/大田ステファニー歓人

 

 

出だしの数ページを読んで、果たして私はこの小説を最後まで読みとおすことが出来るのだろうかと抱いた危惧が、まったくの杞憂となった第47回すばる文学賞受賞作。

ネットでも話題となった、純文学愛読者ほか多数の度肝をぬいた受賞コメントや、話題となった授賞式でのスピーチで著者の名前を聞いた方も多いのでは。かくいう私も、授賞式のスピーチにおける、著者の作家としての志の高さにすでに感銘を受けていたクチである。

 

 

 

うち ステファニー

早寝早起き 歯食いしばり

辛いゴミ拾い に従事

愛するかおりん Family にFriends

仕事仲間もとい みんなの支え

肥やしに 日々 水やり sense栽培

育ったつぼみ くだき 言葉 売買

一服したらまたね バイバイ

夜 帰り道 深く かぶり 顔隠す

championのhoodie

って感じの うちがステファニー

In da buildhing yeah

「みどりいせき」 2月に単行本出るんで

よろしくお願いします!

裁くの任せる 集英社

これから稼がせる うちら共犯者

余裕が出たら募る 他誌編集者

一緒になろうよ億万長者

 

みたいな・・・

堂々としてたいんすけど、実際今のは

ちょっと強がりっていうか

本当は気軽にハッピーなことだけ書いて

お金稼いで 家族養ってってやっていけたらなって

思ってたんですけど、なんか

いざデビューしてみると

なんか そんな成功って ぶっちゃけつまんなそう

始まってもないのに普通に不安

すばる販売されても前途は多難

書く前に人間 

生きるのは苦難

11月号販売の翌日からイスラエルハマスのテロ

「みどりいせき」へのレビュー増えれば増えるほど

比例して増すガザへの報復の惨状の報道

わけもわからず20分おきに死んで行く子ども

生きてるだけで罪悪感

社会の傷 もう見たくない

世界の裏を知りつつも 目を伏せ綴る平和な日常

そんなくだらないの書いて意味あんの?

小説家って社会に何の役に立つの?

歩みを止めて自問自答

虐殺を止められない国際社会の一員 それがウチ

あんまなめんじゃねえ

くだらんから消すことになった2作目50枚半

とにかくなりたくない恥知らずな作家

sell out 金儲け 惨めなcocksucker

そんなん恥ずかしいだけのただの馬鹿

赤に見せらんない 欺瞞まみれ 親父の背中

無理って言われても勝手にやる試行錯誤

自分なりのスタイルで

レペゼン dope 吉祥寺 from cyber hippie

ピース ハオ 中指

うちが大田ステファニー

 

「みどりいせき」は、17歳の男子高校生「翠」が主人公。ある日、小学生のころにバッテリーを組んでいた「春」と再会する。春は同級生とドラッグビジネスに関わっており、春たちといっしょにいたい翠も、ノリの延長で仕事を手伝い始めるようになる…という物語を、独特な口語体で綴った作品。

危うい青春の一幕を、そうとは思えないほど、鮮やかかつ爽やかに描ききった力量がすでに図抜けていて、著者の今後の作品を座して待ちたい。一作だけではとても判断できないくらい、大きな才能を秘めた書き手だと思う。



仮面山荘殺人事件/東野圭吾

 

 

1990年刊行。東野圭吾がまだそんなに売れていなかったころのミステリ小説。

90年当時としても、ひと昔前の雰囲気で読まれたのではないかと思うような、クラシカルな香りのただよう「ミステリ小説」という娯楽の醍醐味がつまった作品。いま読んでとくに驚くような内容ではないけれど、数時間で読めてしまうドライブ感がさすが。内容をすべてマーダーミステリーに落としこんでも通用しそうだとも思った。



怪盗ギャンビット 1/ケイヴィオン・ルイス

 

 

ハリウッドで映画化決定!世界が注目する超・話題の怪盗サスペンス小説!!

 

というキャッチコピーに煽られて、ろくに調べずにとりあえず図書館にリクエストして手元に届いてから、はじめて純然たる児童書であることに気づいた作品。

由緒ある怪盗の一族に生まれ、怪盗としての英才教育をうけて成長した17歳の少女・ロザリンが、<怪盗ギャンビット>というデス・ゲームじみた競技に挑む物語。480ページというなかなかの分量ながら、つぎからつぎへと目が離せない展開へ移り変わってゆくので、4日くらいで読んだ。

面白かったけれど、やはり子ども向けの内容なので、2巻はべつに読まないと思う。映画化したものを鑑賞したい。



波の上のキネマ/増山実

 

 

沖縄の西表島には明治時代から炭鉱があり、そこでは騙されるようにかの地に連れて来られ、過酷な労働に従事させられたひとびとがいた。経営難にある尼崎の映画館の館主で、今後の決断を迫られる主人公は、映画館の創業者である祖父がかつて西表島にいたことを知り、祖父のルーツを辿りはじめる。

シナリオスクールに通っていたころの先生の著作の一つ。9月の文学フリマ大阪で、先生の著作の二次創作をすることになったので読んだという経緯。

多分にノンフィクションを混ぜながら、映画をテーマにエンタメフィクションに仕上げた作品。二次創作をするという視点で本を読んだので、楽しむというよりは分析するような読みかたをしたけれど、それはそれで面白い読書体験だった。



ヨーロッパ思想入門/岩田靖夫

 

 

哲学の本リベンジ一作目。ちくま学芸文庫で敗北したので、岩波ジュニア新書に糸口をさぐってみたところ、大当たりだった。10代半ばあたりからを対象としているレーベルだけあって非常にわかりやすく、しかし内容は本格的という。今後は気になることはまず岩波ジュニア文庫で探してみようかと思うほど。そして本書は岩田靖夫氏の知的で典雅な文章がすばらしい。

第一章がギリシア思想、第二章でキリスト教、そしてそれらが第三章「実存の哲学」の土台にどのように入りこんでいるかを解説していく。

それほど順を追ってわかりやすく説明してくれても、カントやニーチェハイデガーの哲学はむちゃくちゃ難しくて、理解できたとはまったく言い難いのだけれど、思想って面白いなーという感想をもたらしてくれる一冊。

ソクラテスの思想の行きつく先が「人生の目的は善く生きること」であったり、キリストがいう「自分にとってこころよいものを大切にするのは愛ではなく、ただの自己愛」という教えは、人生をだいぶ生きた35歳のいま読むことでなお鮮やかに目に映るようだったし、レヴィナスの他者論はエヴァンゲリオンや、君たちはどう生きるのかのテーマで描かれていることでもあったと思う。

これまでに見た、ちょっとよくわからなかったという物語は、哲学を学んだ目でとらえなおすと理解できるのではという予感があるので、来月以降も入門書を読んでいきたい。



成瀬は信じた道をいく/宮島未奈

 

 

著者のデビュー作にして、2024年の本屋大賞を受賞した「成瀬は天下を取りにいく」の待望の続刊。前回に引きつづき最高の日常系の滋賀小説で、面白くて心地よくてむちゃくちゃ読みやすいので、しょうみ2時間くらいで読みきってしまえるけれど、ずっとこの作品世界に浸かっていたいがために、読み終えることに激しい抵抗感があった。ずっとずっと読んでいたいような小説。これはすごいことだと思う。

つまり本作は、私のような本ばっかり読んでいるような人間も楽しめるばかりか、読書をあまりしないような人も楽しめて、きっと作者にとっても、書いていてひたすら幸せを感じられるような作品だと思う。こんなに全方位に幸せな作品はそう無い。10年後も20年後も、本屋にこのシリーズが残っていることを願う。ぜひ3作目も出してほしい。



以上、今月読んだ7冊でした。

5月の読書感想は、たぶん漫画の話をすると思います。



はじめて日記を100日書いた

 

 

ことしの1月から、はてなブログの非公開ブログに日記を書きはじめて、100日が経った。書き溜まった記事の総数は100記事。つまり毎日かかさず日記を書いたということである。

じつは日記に関して、私はビギナーではない。初めて日記を書いたのは小学6年生のときだった。とはいえプロフェッショナルにはほど遠く、日記を書くことに飽きてはやめ、またなにかをきっかけに書きはじめてはやめるということを、20年以上繰り返してきた日記ノービス。ハンター×ハンターでいえばトンパである。

 

 

新人つぶしのトンパ

 

そんな私がいかにして100日も日記を継続したかについて、今回は書いていきたい。

 

 

結論からいうと、日記の継続に必要なのは技能ではなく、しくみである。

 

先人から学べ

 

しくみづくりにあたり、以下のブログ記事を参考にした。

 

honeshabri.hatenablog.com

 

 

non117.com

 

 

どちらもものすごく良い記事なので、一読をすすめる。むしろこれらを読めば、私の書くことなど読む必要は無いのだけれど、いちおう、先人の知恵を私はどのように活用したのか書いていく。

 

 

手書きをやめる

 

私はそこそこ長い日記歴のうち、その半分くらいを紙に書いていた。残りの半分はmixi日記なので、誰にも見せないような日記は、すべて紙だったといっていい。

いちばん直近の手書きの日記は、梅棹忠夫京大式B6カードに書いていたし、2022年はトラベラーズノートを使っていた。べつにこれはネタではなく、ふつうにガチである。

令和にもなってなぜ、けっして小さくない労力をはらってでも手書きにこだわっていたのかというと、自分なりにやむをえない理由があったからなのだが、それは今回の話とはまったくべつの話題なので、いまは捨て置く。とにかく私は、先人たちの日記術に倣い、はじめてデジタルで日記を書いてみることにした。

 

起きたことをリアルタイムでとにかくメモる

 

日記のネタとなることがらを、メモアプリのGoogleキープにとにかくメモする。

これは自分にさえわかればいいので、ちゃんとした文章じゃなくていい。

いいなと思ったXのポストや、ネット記事、最近なら「ラニーノーズの痛いファンのnote」など、気になったものはリンクをコピーして貼りつけている。

 

これは余談だけれど、日記のメモ書きとして使う前から、私はGoogleキープメモを多用しており、ほしいもの、プレイしたマーダーミステリー、取り入れたいメイクや髪型、休日に視聴する映画の候補、人の誕生日、出会った人の名前や犬の名前など、とにかくいろいろなこと、脳の外部メモリに保存しておきたいことを書き留めている。

仕事中は会社のパソコンからChromeをひらいて常時画面を立ち上げており、そうでないときはスマホからうちこんでいる。GoogleキープはChromeさえひらければどんなデバイスからも書きこめるだけでなく、アプリの起動速度が速いところが気に入っている。

 

翌日に下書きを書く

 

メモに残された事柄をもとに日記を書いていくのだけれど、私はこれを翌日の朝に書いている。

骨しゃぶり氏はリアルタイムで書き、non_117氏は夜に書いているが、私は翌日に書くことで、はじめて日記を100日継続することができた。ひとそれぞれのライフスタイルにあったやりかたで書くことが、継続のコツだと思う。

 

下書きに使っている媒体はGoogleドキュメントで、文字数はだいたいが1,000~1,300文字、最短が500文字前後。最長でたぶん2,500文字未満。作業時間は短いときで40分、長いときで2時間ほどかかっている。1月頃は書くのにもうすこし手間取っていた気がするけれど、継続していくにつれてどんどん速く書けるようになった。なおなぜGoogleドキュメントなのかというと、キープメモと同様、家のPCでも、スマホでも、会社のPCでも、どこにいても使えるからである。

 

書きあがった日記をはてなブログの非公開ブログにアップする

 

日記アプリなどいろいろと検討したが、結局は使い慣れたはてなブログを自分の日記帳に定めたのには、下記の理由がある。

 

  • 無料で利用できる
  • フォントをカスタマイズできる
  • 検索できる
  • カテゴリー分けが出来る
  • 見出しと目次を入れられる
  • 製本できる

 

このあたりにデジタルならではのよさを感じる。あと、まだ一度も使ったことがないけれど、写真を貼りつけできるのもよい。これらはべつに特記するほどの機能ではないのかもしれないが、無知な私が学習コストを払わずに利用できることじたいが、はてなブログのメリットだとも言える。

デメリットは、投稿するブログを誤って、こちらのブログに日記を投稿したことが二回ほどあり、すぐに気づいて消したけれど、いつかやらかしてしまう危険性があること。とはいえこのブログの読者のほとんどが、私や私の知りあいとは面識が無い人たちなので、もし目に入ったとしてもとくにダメージに感じないため、気をつける以外の対策をとっていない。



日記を100日を書いてよかったこと

 

日記を書くことには、脳の認知機能を向上させ、メンタルを癒し、その安定に寄与する効果があることは、すでにさまざまな研究が示している。

さきにも書いたように、もともと私は日記のビギナーではなく、日記が自らに及ぼす効果については重々理解しているつもりだった。しかし今回100日以上日記を書くことで、さらにそれを実感することとなった。具体的にいうと、負の感情の受容とその分析、そして立ち直りにおいてである。

これまでに書いてきた日記では、手が疲れたり、時間が足りなかったりすることで、そのはるか手前までしか行けなかった場所があったとする。それが、何十回と「書く」作業を繰り返すことで基礎体力がつき、今まで辿りつけなかった場所まであっというまに到達し、いっきにその向こうがわに行けたと感じた瞬間が、100日のあいだに何度かあった。それがどれほど私の精神衛生に良い影響を及ぼしたかは、言うまでもない。

 

なぜ日記を書くのか

 

最後に、なぜ私が日記を書いているのか、私は「日記」をどのように捉えているのかを書いて、記事を終えたい。

私は日記を、自分が自分に残せる、確かで最良の贈りものの一つだと考えている。もしかしたら唯一の、かもしれない。自分の日記だけは、自分にしか書けない。そしてどんなときも、自分を救うためだけにある。

人間は、自分の痕跡を見つけたときに喜びを覚えるさがを持つ。もうずっとあとになって、いろいろなことを忘れたころに、当時の日記を読む。そこにかつて生きていた自分と出会い直す喜びは、この世でもっとも優れた物語にも負けない感動と発見を与えてくれる。だから私は日記が好きだ。