ごんブロ

だいたい月に一度、本や映画の感想を書きます

2022年上半期の本ベスト約10冊

2022年も半分が終わりました。早すぎるよ!!

 

ことし読んだのは6月末時点でまだ35冊(kindle電子書籍を含むと40冊くらい)と、ゆっくりめのペースで読んでいます。

6月24日から市川春子の漫画『宝石の国』が無料で1万時間限定の全巻読み放題キャンペーンを行っていたので、これに参入、翌週27日からはこれまた『ONE PIECE』が期間限定全巻読み放題のキャンペーンを行うということだったので、アプリをダウンロードするも「全巻無料」が偽りで300話までしか読めなかったため、話がちがう! と憤って、これまた初回限定全巻無料の『SPY×FAMILY』を読んでいました。今週は漫画ばかり読んでいます。

ということで今年の上半期のベストブックです。40冊くらいしか読んでいないので9作だけ挙げます。(中途半端)(でも冊数だと10冊になることに気づいた)

 

 

 

 

 

87点

劉慈欣『三体(3)』



今年の2月から一ヶ月以上をかけて読みました。

めちゃくちゃ詳しく書いた感想文はこちら☞

 

gonzarezmm.hatenablog.com

 



 

88点

パトリシア・A・マキリップ『妖女サイベルの呼び声』

 

魔術師ヒールドは、その昔、とある貧しい女と交わった。王都モンドールでのことである。女は男子を生んだ。片眼が緑、片眼が黒の嬰児であった。ファーボルグのどす黒い沼さながら、双の眼の黒いヒールドは、一人の女の生涯を風のごとくに駆け抜けて去った。が、息子ミクは、十五歳までモンドールにとどまっていた。肩のいかつい、屈強の少年は、鍛冶屋の徒弟となった。荷車の修理に、あるいは馬の蹄鉄を打ちに立ちよる男たちは、少年がグズで不愛想なのに腹を立てて毒づくことが多かったが、そんな少年も、沼のけだものが泥の底でうっそりと目ざめるように、なにかの拍子で緩慢ながら心をゆさぶられることがあった。そんな時、少年は首をめぐらして、男たちを黒い方の眼でじっと見つめる。すると、みつめられた男たちは口をつぐみ、少年から遠ざかるのであった。少年にはどことなく魔術師めいたところがあって、それがいぶり火のように彼の内面にひそんでいた。

引用:パトリシア・A・マキリップ/佐藤高子[訳] 『妖女サイベルの呼び声』7P

 

昔から存在は知っていて、ずっと読みたいと思っていたファンタジー。第一回世界幻想文学大賞受賞作。

訳者の佐藤高子さんによって紡がれた、古式ゆかしい、正統なる優れたファンタジーの香りがただよう美しい文章に、1ページ目から度肝を抜かれ、読んでいる間じゅうずっと、夢見心地のうっとりとした興奮でいっぱいとなる読書でした。

物語はシンプルで、いつの世の誰が読んでも胸を打つ、愛と憎しみと許しをテーマとした物語。こういう本を不朽の名作と呼ぶのでしょう。大人になってこそ良さが分かる作品でした。逆に言うと、十代の頃に読むと地味に感じたかと思う。

 

著者のマキリップ氏は今年の5月6日に74歳でご逝去され、その訃報があった日にちょうど読み始めたので、まさに呼ばれたかのような不思議な気持ちになりました。ご冥福をお祈りします。



 

89点

荻原規子『もうひとつの空の飛び方』

 

日本のファンタジー作家の名手として絶対に外せない作家の一人、荻原規子さんが自分の好きな本について書いたエッセイをまとめたブックガイド・エッセイ。

ブックガイドとして優れているだけでなく、荻原規子さんが影響を受けた本について書く中で、荻原規子さん自身の知性や、成熟した人格、静けさ、洞察の深さといったものに触れられる、荻原規子の≪良さ≫が凝縮したようなエッセイでした。

ちなみに本書でも『妖女サイベル』が紹介されていて、ネタバレを食らいたくないあまり、やっと慌ててサイベルを読んだ形になります。



 

90点

田辺聖子『私的生活』

 

再読。前回読んだのは二年くらい前だったのか。

田辺聖子は大好きだけれど、何故か(というほどでもないのか)通しで読むのはちょっと苦手というか、長編はわりと中盤でだれるところがあって、でもめちゃくちゃ面白いので、先に続きが読みたくなってしまい、最後を読んでから中盤にもどる、みたいな読み方で読んでしまうんですよね。

なので今回はちゃんと一から通しで再読しました。

田辺聖子のすごいところは、やっぱり男の描きかたで、こんなにも傲慢で自分勝手な男を、こんなにも可愛げのある憎めない人間として描けるのは、田辺聖子をおいてほかにいないと思う。

乃里子のことは田辺聖子以外でも書けただろうけれど、剛のことは田辺聖子にしか書けない。

 

世にある数多くの恋愛小説は、なにも無いところから愛が生まれ、成就する作品が多いけれど、『私的生活』はその逆で、愛が燃え尽きる瞬間を書いたもの。

愛し合っている男女が、うまくいかなくなり、ついには愛が終わる。

その瞬間の、朽ちた薔薇の花びらが落ちていく美しさを封じこめた作品。その痺れるような透きとおったつめたさに、何度読んでも泣いてしまう。



 剛は、へんに静かにいう。

「何か怒ってることあったらいうて。聞くから」

「あたし、何か、いう言葉、わすれたみたいよ、この頃。だんだん、シューと空気ぬけたみたいで、この気持、ヘンなの。何か、いっぺんに変ってしもたの」

 こんどは剛がだまりこんでしまった。

「あの。どうしてかな。なぜかなあ。急によ。剛ちゃんにも、ふしぎに」

 私は、酒の力を借りるのは卑怯だと思ったけど、でも、こんなときでないと、とても言えないことは知っていた。

「前とおんなじみたいになれない」

 いううちに、たぶん、酔いのためにちがいない、涙が出てしまった。

引用:田辺聖子『私的生活』335P

 

 

「あれが気に入らんというなら仕方ないねえ。オレは何も、理の合わんことをいうたおぼえはない」

「そうよ、それはそうよ。剛ちゃんが正しいんです」

 私は急いで熱心にいった。

「でも、何となく、あたしの方が、さーっと色合いが変ってしもたんやから、しかたないでしょ」

引用:田辺聖子『私的生活』337P

 

 

 

90点

綿矢りさ『オーラの発表会』

 

2001年に17歳で『インストール』でデビューして、昨年で作家業20周年となった綿矢りさの小説最新作。

ちょっと(?)変わった大学一年生の女の子を主人公とした、爽やかな青春小説。読み終わった当初は、なんか普通だな~と思っていたのですが、あとからじわじわ「いや、めっっちゃくちゃ良かったわ」となる、すさまじく完成度の高い本です。このすごさはちょっと口では説明しにくい。

もしも十代の頃にこれを読んでいたら、きっとその後何年もず~~~~っと読み返すような本。

中身だけではなく見た目も良くて、白地にお花の写真のカバーの文字部分がオーロラ加工で、開いた時の返しが薄いピンク、しおり紐がラベンダー色と、最高にガーリーなところも好き。



 

90点

三浦しをん『風が強く吹いている』

 

まさに箱根駅伝が行われる1月2日から読み始めて、翌日3日にゴールしました。

しかも私は箱根駅伝を見たことも無ければ、どういうレースなのかさえ知らず、三浦しをんを読むのも初めてという、初めてづくし。だけど長距離走だけは経験者という、読む条件が揃い踏みしている状態で読みました。

まさに極上のエンタメ青春小説で、これはメディアミックスで盛り上がるのも必定。2006年に刊行されたひと昔前の作品でしたが、今読んでもまったく問題なく面白かったです。

命を燃やすかのような若者たちのひたむきな走りに、読んでいるこちらまで胸を焦がされ、その眩しさと爽やかさに目から汗がほとばしるような、本当にいい小説でした。

ラストのみんなで団子になりながら結果を聞くところ、思い出しただけでも泣いちゃう。



 

92点

石井妙子『おそめ』

 

大正生まれの伝説の元祇園芸妓、上羽秀こと「おそめ」さんの波乱で絢爛で一途な生涯を、ずば抜けた筆力を持つノンフィクション作家である著者が、5年の取材をもとに描いたノンフィクション。

昭和30年代、銀座と京都に「おそめ」というバーがあった。そのマダムは若いころは日本一綺麗な芸妓とも称された生粋の京女で、名前は上羽秀といった。彼女は日本で初めてバーのマダムとなり、飛行機に乗って毎週銀座と京都を行き来していたことから「空飛ぶマダム」の異名で呼ばれ、バー「おそめ」には白洲次郎川端康成大佛次郎小津安二郎といった名だたる政治家、文人たちが、こぞっておそめに会いに足繁く通った…と、なんだか嘘みたいだけれど、確かに実在した女性の生涯が書かれていて、めちゃくちゃ面白かったです。

著者の石井妙子さんは、当時まだご存命であった上羽秀さんの元に5年通いつめ、関係者に取材をしてこの本を作り上げたのですが、もっとも難航したのは、上羽秀さんという方が、自分自身のことについては徹底して語りたがらず、無口であったことだそう。

伝説的に魅力的であった女性の生涯を余さず読むことで、女性というもの、その生き方について、非常に多くのことを考えさせられる一冊でした。



 

95点

中島京子『やさしい猫』

 

ザ・上半期いちばん泣いた本。

『風が強く吹いている』よりも泣いた。

初登場時は小学2年生の主人公・マヤと、そのお母さんのミユキさん、ミユキさんに恋をしたスリランカ人青年のクマさんの三人が7年かけて絆を育み、やがて本物の家族になっていく。心温まるステップファミリーものとしても本書は優れているけれど、テーマは物語の三分の一を過ぎたところで登場する。

2021年3月にも名古屋入管でスリランカ人女性が死亡したことで有名となった、入管行政問題を真っ向から扱った作品。それだけに読むのが怖かったんだけれど、結論から言うと大丈夫です。めちゃくちゃ温かい涙が溢れて前が見えなくなるくらい泣きました。

本書の題名『やさしい猫』は、スリランカの民話にちなむ。

憎しみでは憎しみを乗り越えられない。私たちはやさしい猫になれるのか。読み終わったあと、様々なことに想いを馳せずにいられない、心に残る一冊でした。これは映画化してほしい。(そして叶うことなら中学生時代の芦田愛菜に出演してほしかった)



 

99点

吉村昭『破船』

 

2022年本屋大賞の発掘部門で取り上げられた一冊。

私もちょうど昨年から吉村昭にはまったので、ナイスタイミングと思って読んだら、これもとんでもない傑作でした。

吉村昭にしてはめずらしい、綿密な取材をもとに書かれた記録文学(ノンフィクション)ではなく、自伝的短篇でもない、純然たるフィクション小説。

いつとも知れない、明治よりも以前と思われる時代の、とある貧しい海辺の村に伝わる「お船さま」なる秘密の因習と、その地で懸命に生きる健気な少年・伊作の3年間が描かれる。

特筆したいのは、なんといってもその文章。吉村昭ならではのナイフのように鋭く端的でいながらも、リアリティと情感を豊かに伝えてくる透徹とした文章が、先の見えない極貧の村の陰鬱とした空気、厳しくも美しい自然と鮮やかな四季の移ろい、過酷な環境の中でも懸命に生きる健やかな少年の心情を、その匂いと手ざわりまで伝わってくるほどに鮮明に描く。

冬、村の男たちは交代で、激浪が荒れ狂う夜の浜辺で塩焼きをする。それは実は「お船さま」を呼ぶための罠であり、祈りであった。

自分が生きるために、他者の不幸を願う。それは切実であればあるほど、哀切で痛々しい。

身を切るような寒い冬の夜の浜辺でゆらめく炎の色が、忘れがたく心に染み入ってくるような、非常に優れた小説でした。



以上、ことし読んだ本の中から9作品でした。

ことしはまだ100点を超える本に出会っていません。下半期に出会えることを祈って。

 

おしまい