ごんブロ

だいたい月に一度、本や映画の感想を書きます

2024年5月に読んだ本

 

死の泉/皆川博子

 

 

大好きな作家・皆川博子御大の代表作の一つで、659ページある長編。(これでもべつに大長編ではないのが皆川博子でもある)

第二次世界大戦末期のドイツの、アーリア人の孤児を養育するナチスの施設レーベンスボルンにて始まる第一部と、終戦から15年後のミュンヘンから始まる第二部の二部構成の物語。

御大の得意分野である、退廃的な美、倒錯した世界観と狂気、美少年、ひと癖もふた癖もある魅力たっぷりの登場人物たちが、いつもながら素晴らしい文章で描かれる。読み終わったあと、やっぱり皆川博子は最高だわ、という満足感で胸がいっぱいになる一作。

皆川博子の作品には、小説のおもしろさのすべてがつまっていて、読書って本当に楽しいと思わせてくれる。

本作は正直、ラストにいくにつれて、幻覚と現実が混在して、なにがなんだかわからないオチにたどりつくので、そこがすっきりしないといえばそうだけれど、そんなことが些事と思えるくらい、フランツやクラウスといったキャラクターの唯一無二の魅力が心に残る。こういう強烈な小説って本当にいいなぁ。

 

 

海をあげる/上間陽子

 

 

2021年に読んで以来、三年ぶりの再読。

余談だけれど、本を持たずに京都に遊びに行って、三条のブックオフで本書を買って、京都御所ちかくの小さな静かなカフェで読みはじめて、再読にも関わらずお店でガチ泣きしたという。

 

「大人になったほうがいいやろ。ぼろぼろでもなんでも。ひとに優しくできるほうがいいやろ」

引用:上間陽子『海をあげる』27P

 

また、「きれいな水」で、なんならこのエピソードで登場したおばあさんのことは記憶に残っていなかったのに、おばあさんが上間さんの子どもたちにおこづかいを、上間さんが断っても受けとらせようとして「なんで! もらって!」と怒るところでもう、涙腺が決壊してしまった。

自分が生まれ育った美しい島の、真っ青な海が真っ黒になるくらい、なにもかもを破壊されて、いっしょにいた自分以外の人間のほとんどが死に絶えて、それでも花を育てて米軍に売り、30年、40年と生きてきたということ。そのことのすさまじさ、言葉にできない「時間」が、三年前よりもわかるようになったということなんだろう。

 

海をあげる、本当に素晴らしいエッセイなので、まだ読んでいないという人はぜひ読んでみてほしい。いつ読んでも価値がある本だと思う。

 

 

アリアドネの声/井上真偽

 

 

地震のなか、地下に造られた巨大施設に取り残された盲ろうの女性を、ドローンを駆使して救助する、災害ミステリー。

Xの読書アカウント内でも評判で、表紙や煽り文句に興味をそそられて読んだけれど、昨今の「売り出しかたがうまい」本の成功例の一冊だった。

隔絶された場所に孤立無援でいる障がい者女性を救助するという、手に汗握るスリリングな状況を舞台にするための展開がさすがにあまりにもご都合主義的だし、ドローン操縦者である主人公は、一つ所に留まってただドローンを操縦しているだけなので、どれだけ文章で緊迫感を表現したところで絵的に地味なことには変わり無いため、「災害救助ミステリーの新たな傑作!!」みたいな文句をみると、どうしても首をひねってしまう。

あとこれは作者に非はないけれど、1月に能登半島で本物の大災害が起きて、半年ちかくが経っても補正予算さえつけられることなく放置され、このまま地震があったことすら忘れられていくのだろうかという現状が、読んでいるあいだも心に引っかかって、テクノロジーの力でスマートに災害救助をするフィクションを、無邪気に楽しむことができなかった。

ラストはよかった。

 

 

父がしたこと/青島文平

 

 

華岡青洲の死からひと時代が過ぎた、江戸時代末期のとある藩では、秘密裏に藩主の外科手術の準備が進められていた。譜代筆頭の武士である主人公は、失敗の許されない藩主の手術を、息子の命の恩人である医師の手に託す。

というあらすじの、医療時代小説。とても読みやすかった。が、会話の場面における地の文が、ライトノベルかと思うくらい稚拙で、会話シーンになるたびにストレスを感じた。こんなに会話のシーンが下手なのに、直木賞作家だなんてことがありうるのか。(反語法)

ちなみに藩主の病気は痔瘻で、主人公の息子は鎖肛という症例であるため、物語の半分ちかくで、ひたすら肛門の話が繰り広げられる小説でもある。

 

 

ともぐい/河﨑秋子

 

ともぐい

ともぐい

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第170回直木賞受賞作。

ものすごくよかった。日露戦争前の明治の北海道。人間というよりは獣にちかい存在として、山の中で猟師をして生きる主人公・熊爪の生と死を描いたハードボイルド小説。

なによりもまず、自然描写と動物描写が素晴らしい。身体性を持った文章によって、瑞々しさも生々しさも目の前に迫ってくるかのよう。人間と獣、近代と自然、倫理と欲望、男と女といった相反するもの同士がぶつかり、喰らいあう。本物の真剣勝負であるそこに、善悪は無い。小さな世界の出来事を描きながらも、壮大な後味を残す作品で、読み終わったあと、河﨑秋子という名前が胸に刻みつけられた。これはものすごい作家。

 

 

闇の礎/ナオミ・ノヴィク

 

 

死のエデュケーションシリーズの第三巻で最終作。

結論を言うと、私にとっては一巻の面白さが最高で、それを超えることはなかった。面白かったし、キャラクター全員がとても魅力的で、現代ファンタジーの世界観も、魔法の設定もむちゃくちゃよかったのは確かなんだけれど。一巻が至高。

なにより、エルの対となるような存在だったオリオンが、ぜんぜん活躍しなかったことが、物語としてだいぶ惜しい。もうかなり熟練の作家である著者だから、オリオンのパートを入れなかったのはあえてなのだろうが。

あと、すべてエルの一人称で進むために、背景にある複雑な設定や前提が省かれるがゆえに、肝心な部分でそれがどういう意味なのかよくわからない、みたいなことが致命的だった。最後のオリオンの場面とか。

とはいえ全体的に振り返ると、ひさびさに読んでいて心が躍る、面白いダークファンタジーだった。もっとこういうのを読んでいきたい。

 

 

木挽町のあだ討ち/永井紗耶子

 

 

第169回直木賞、第36回山本周五郎章ダブル受賞の時代小説。語り口のうまさに引きこまれてあっという間に読み終わってしまう、王道のエンタメだった。良作。

目撃者である6人がそれぞれに、芝居小屋のそばで起きたある雪の夜の仇討について語る、時代劇ミステリーにして人情もの。一章が20分くらいで読めるくらいの短さなのに、心に響いたり、涙ぐんだりするくらい、名台詞が多い。名台詞の多い作品は、すなわち名作だといえる。

気負わず読めて、面白くて、心をそっと震わせられる、理想的なよい小説だった。

Audibleでは関智一さんが朗読しているようで、素晴らしい配役だと思う。これはめちゃくちゃAudible向きの作品。

 

 

ストーリーが世界を滅ぼす/ジョナサン・ゴッドシャル

 

 

ぬまがさわたりさんが紹介していて、ずっと気になっていた人文書

 

 

 

【物語】、あるいはストーリー、またの名をナラティブ、そういったものたちが、どれほど人間の脳に多大な影響力を及ぼすかについて語った書。

はじめは、物語にそんな力あるかぁ~? と半信半疑で読んでいたけれど、本書が指す【物語】には、エンタメやフィクションだけではなく、言説、神話、宗教といったすべての”ストーリー”が含まれる。それを踏まえて考えると、コロナにおける陰謀論トランプ大統領の誕生など、日本のネットでは暇空茜とその信者による若年女性支援団体の攻撃など、「人間の脳がいかに物語に弱いのか」を現わす事例が、ここ数年だけでも山ほど思い当たり、青ざめるような思いになる読書だった。

著者によると、人間はホモ・サピエンスではなく、ホモ・フィクトゥス。人間が物語を好むのは、本能に根ざした行為であり、ストーリーを信じる力が人間を地球の覇者に押し上げた。そしてその力によって、人間は滅ぶのかもしれない。

ひと一倍物語を愛し、ナラティブを誰かに話さずにいる業をもつ自分自身を、思わず振り返った読後だった。

 

日本語のレトリック/瀬戸賢一

 

 

岩波ジュニア文庫二冊目。

古今東西のいろんな小説のレトリック(比喩)と、その分析と効果が書いてあって、これを読めば小説のレトリックがうまくなるのかな~という目論見で読んだら、ひたすら国語の修辞法の単元をやらされるだけみたいな読書だった。こんなん、中学受験する小学生か、国語の教師が授業に使う以外の目的で読むやつがいるのかよと思うくらい、めちゃくちゃ修辞技法の本。

 

以上、5月に読んだ9冊でした。

先月予告していたマンガの話は、期待していたほど刺さらなかったので割愛。ファンタジーBLだったんだけれど、ファンタジー要素がそうでもなかった。

9冊も読んだのは久しぶりだけれど、外れの本が多かったので、冊数と満足度はまったく比例しないことを実感。いいかげん自分の好みもわかってきたことだし、さいきん話題の本を追うのはやめたほうがいいのかもしれない。でも、そのなかに「方舟」とか「トゥモロー・アンド・トゥモロー・アンド・トゥモロー」なんかがあるから、見極めが難しい。