ごんブロ

だいたい月に一度、本や映画の感想を書きます

2023年9月の読書記録

今後も振り返りと読書記録はわけて記事にしようと思います。

 

 

 

三宅香帆『名場面でわかる刺さる小説の技術』

 

 

大好きな書評家・三宅香帆さんが「小説を書く人」に向けて書いた小説のハウツー本であり、また日本最高レベルの小説のオタクが、自分の好きな小説25作品についてどっぷり解説したブックガイドでもあるという、一挙両得な一冊。どういう読みかたをしても面白い。

尋常じゃない量と密度の読書をしてきた読書のプロが断言する「名作」の条件、それは「名場面」があることという摂理に改めて心から納得したし、このハウツー本を通じて一作でもこの世に「名場面」を増やし、それを読みたいのだという小説愛に圧倒される。

あと私も、三宅香帆さんがpixiv小説で書いたという二次創作がはちゃめちゃに読みたいんですが?!



ガブリエル・ブレア『射精責任』

 

 

アメリカ発、世界中で話題騒然となった、望まない妊娠と中絶を根本から問い直す28の提言。

日本でも刊行前からSNSでバズったことでおなじみ。訳者も人気作家の村井理子さんということで、発売前から楽しみにしていました。

読んでみると、ただあたりまえのことが普通に書かれているだけの本であり、にも関わらず発売前から編集者が攻撃されたり、訳者が侮蔑されることが、この国のありようを示していると言える。

本作が刊行されたアメリカでは、2022年6月に女性の中絶の権利が憲法上保証されなくなり、州によっては中絶が禁止となりました。そもそもアメリカで女性の中絶の権利が認められたのは1973年であり、その後49年を経ても、中絶反対派と肯定派のあいだでは論争がつづいています。中絶を是とするか否とするかは、アメリカの政治において必ず俎上にあがる議論であり、2022年に中絶の権利が保証されなくなってからは、いっそう激化しています。

この議論に待ったをかけたのが、本書の著者であるガブリエル・ブレア氏で、氏の言っていることをひと言にまとめるとこうなります。

望まない妊娠、中絶を減らしたいなら、セックスの際には必ず男性がコンドームをつけよう。

あたりまえすぎて逆に見過ごされてきた基本の話であり、それだけに子どもにも読んでほしい一冊。

個人的には『精液は危険な体液である』という提言がハイライト。精液は女性にとって、その身体、人生、健康、その後の経済力に深刻な影響を及ぼす体液で、つまり「危険」という考えは、いままで言われてこなかったことがふしぎなほどに頷ける。

翻って考えると、子宮頸がんワクチンに関しても、性交渉前の女子にHPVワクチンを打つことが当然とされているけれど、HPV(ヒトパピローマウイルス)も性病であることを思えば、子宮頸がんを防ぎたいなら、男性がコンドームをつけてセックスすればいいだけなんですよね。HPVワクチンの公費負担は偉大だけれど、原則コンドームの徹底を普及させるほうがよほど安上りだし、男女ともに安全だし、嬰児遺棄事件だって減るのだから。

そしてブレア氏はこうも喝破する。中絶反対派は、本当は中絶を減らすことに興味なんて無い。ただ、女性の身体決定権を自分たちの支配下におきたいだけである、と。



石井妙子『近代おんな列伝』

 

 

好きなノンフィクション作家の新刊。幕末から明治にかけての歴史の影に埋もれた女性36人の人生を描く。

硬質な文章ながらもさらさらと読みやすく興味深かった。息抜きに読むのにちょうどよい感じ。



多崎礼『レーエンデ国物語』

 

 

デビュー作『煌夜祭』から17年、ついに始動した大型ファンタジー企画『レーエンデ物語』。

久しぶりに強度のある国産ファンタジーに耽溺できるということで、期待に胸弾ませて飛びこみました。

空前絶後の傑作とまではいかないし、序盤の展開はスピーディーすぎて薄っぺらいなど瑕疵もあるけれど、面白かった~~~。やっぱり面白いファンタジーを読んでいるときの胸のときめきと充足感は、他に代わるものがない。

全五巻刊行予定で、読む前はてっきりユリアとトリスタンというキャラクターがずっと登場する物語だと思っていたら、真の主人公は「レーエンデ国」そのもので、本作は200年~300年以上という尺度で描かれる物語であることに気づいて興奮しました。

次巻も楽しみ。



田崎基『ルポ特殊詐欺』

 

 

発生からこの20年で爆発的に増殖と進化を遂げた犯罪、特殊詐欺(振り込め詐欺)の加害者についてのルポ。

最近闇バイトの逮捕者だったり、犯人の若年化だったりをよく聞くよなーという興味から本書を読んだところ、もろもろ合点がいきました。Twitter(X)で「闇バイト」と検索するだけで気軽に応募出来、犯罪の実感も無いまま犯罪に加担して、あっという間に逃げられなくなる蟻地獄の構造はよく出来ているともはや感心する。

国と警察は啓発を頑張ってほしい…と思いつつも、若年層の犯罪者の増加は格差社会の広がりが原因という著者の指摘も的を得ていて苦い。



藤崎翔『モノマネ芸人、死体を埋める』

 

 

ことし読んだなかでも最大級の100点満点エンタメ小説にして、クライムサスペンス小説。

むちゃくちゃ面白かった。初めて読んだ作家だけれど、過去作も次作も読もうと決意した。著者はもともと芸人というだけあって、主人公のとりまく世界や人間の描写はリアルを超えて自然そのものだし、コメディを理解している人間は、表裏一体であるシリアスの描写も飛び抜けて巧いことを実感させられる。

こういうエンタメ小説の書き手は文章があまり上手でないことが多いけれど、地の文のレベルも高い水準で安定していて、読んでいてノイズが無いところも良い。むしろ瑕疵がひとつも無い。

あまりに面白いので、私にしては珍しく、読み始めて半日で読み終わった。家のなかで読みながら、クッションをあっちからそっちへ移動させるときなんかも、ずっと片手に本を開いて意識を本にやりながら手を動かしていて、ふと、こんなに本に夢中になっている状態は久しぶりだと思ったことも追記。



皆川博子『花闇』

 

 

皆川博子を初めて読んだ2020年以来、定期的に皆川博子の文章を摂取せずにはいられない体になっていることを7冊目にして初めて自覚。文章が美しくて格好良くて品があって重厚で、最高なんです。

もちろん文章だけでなく、皆川先生といえばその綿密な歴史考証に定評のある作家。何百年前を舞台としていても、実際に見て生きてきたのかと思うほど世俗の描写がリアルで、作品の世界にどっぷり耽溺できます。

直木賞受賞作『恋紅』で、脇キャラにも関わらず強烈な存在感を見せつけた、幕末の歌舞伎役者、三代目澤村田之助の生涯を描いたものが本作。恋紅が読後一年が経ってもジワジワと良さを思い出させる傑作なので、自然『花闇』においても恋紅のようなストーリーを期待していたら、予想外にひたすら「歌舞伎」の物語で、私はべつに幕末の歌舞伎に興味があって読んでいるのではないのだが…と勝手に期待を裏切られつつも、皆川博子おなじみの、ラストシーンの美しさと烈しさと切なさにすべてを持っていかれました。これだから皆川博子はやめられないんだわ。

三宅香帆『名場面でわかる刺さる小説の技術』で言うと、皆川博子は文章や構成力も達者だけれど、なにより「名場面」をつくるのが本当にむちゃくちゃ上手いと実感する。

 

以上、9月に読んだ本7冊でした。

連休もあったしもうちょっと読めるかなと当初は思っていたけれど、そのわりに大して読めなかった。来年1月の文学フリマ京都に出ることにしたので、また11月〜12月はあまり本が読めなくなるだろうことから、10月は最後の猶予期間として前のめりに読んでいきたい。