10月の読書冊数はきりが良い10冊でした。200ページに満たない短編集や、読みやすい本も含まれているとはいえ、難解だったり、読んでいて全く楽しくなかった本も同じくらいあるので、私にしては快挙です。
去年も10月に読んだ本の数が最多だったので、10月にはなにか私を読書に没頭させる空気があるのかもしれない。読書の秋とはよく言ったもの。
それでは以下、10月に読んだ本です。
- 神立尚紀『カミカゼの幽霊』
- 多和田葉子『献灯使』
- 丸谷才一『樹影譚』
- ヘレン・マクロイ『歌うダイアモンド』
- 向田邦子『隣りの女』
- 長谷川まりる『杉森くんを殺すには』
- 津野田興一『まるわかり近現代史』
- 絲山秋子『沖で待つ』
- ソン・ウォンピョン『他人の家』
- 森バジル『ノウイットオール』
神立尚紀『カミカゼの幽霊』
ひさびさのノンフィクション。
太平洋戦争末期の1944年、もはや覆えしようがないほどに悪化した戦況下で生まれた特攻兵器「桜花」。
重さ1.2トンの爆薬に翼と操縦席をつけた、操縦兵もろとも敵機に突っこむ狂気の人間爆弾を発案した男、大田正一は、終戦3日後に遺書を残し訓練機で基地から太平洋に向かって飛び立ち、洋上で死んだはずだった。
じつは死んでなどいなかった大田は、戦後無戸籍のまま「横山道雄」として生き、大阪で所帯を持って幸せな家庭を築き、1994年に83歳でこの世を去った。衝撃のノンフィクション。
あらすじを知ったとき、思わず「なに生きとんねん」という率直なヘイトが浮かび、その後すぐに「どんな思いで生きつづけたのか」と興味が湧いて読んでみたけれど、当の大田正一はすでに亡くなっているので、その思いは残された家族や、彼を知る人びとの口から断片的に語られるだけで、真意は読み手が想像するしかありません。
本書は元零戦搭乗員の聞き書きなど、多数の零戦関係の著作で知られるノンフィクション作家である著者が、綿密な調査と取材のもとに書いたものなので、太平洋戦争の戦況や、特攻兵器が生み出された事情がとても詳しくわかりやすい。
特攻兵器は非人道きわまりない史上最悪の兵器だけれど、それは暴走した狂気が生んだわけではなく、無能な上層部の無茶ぶりに、疲弊し麻痺した現場が応えたという、非常に「あるある」な、今後も繰り返されかねない凡庸さがあって、うんざりしつつもぞっとする。
読後とても複雑な、やりきれない気持ちになる一冊。
多和田葉子『献灯使』
現代日本文学で非常に重要な位置にいるらしい、ということはうっすら知っているけれど読んだことがなかった作家の、まだ読みやすそうと思える短編集に挑戦し、無事敗北。
文章が美しいことや、レトリックやことば遊びが独特で巧いことはさすがにわかるけれど、それ以上の、著者は何を書こう(表現しよう)としているのか、みたいなものが、私にはさっぱり掴めない。
人生でときどき、ものすごい、本物の読書家の人びとが絶賛しているけれど、私にはぜんぜんちっともさっぱり良さがわからん、みたいな作家に出会うのだけれど、そこに「多和田葉子」が加わったと言える。ここには恐らく「大江健三郎」も入る予定。
丸谷才一『樹影譚』
司書のフォロイーさんがすごい誉め言葉で賞賛されていたので気になって読んでみたけれど、これも感想が述べにくい、巧みな文章で紡がれたふしぎな物語でした。べつに好みではない。エモーショナルさも無い。
ヘレン・マクロイ『歌うダイアモンド』
8月に読んだ同じ著者の『幽霊の2/3』がまぁまぁ面白かったので、もっと面白いものはないかと探したところ、評判の高い短編集である本作が見つかりました。
収録作のひとつ『シノワズリ』と『風の無いところ』はわりと良かったけれど、あとは古くて面白味はさほどなく。初刊行が1965年なので仕方がないですね。
面白くない本ばかりがつづいて、読書の喜びというものをちっとも味わえない日々がつづくのですが・・・
向田邦子『隣りの女』
むちゃくちゃ良かった。
なにげなく本棚にささっているのを読んで「何故私が読んだことの無い向田邦子作品が私の本棚に??!」と驚いたくらい、買ったことを忘れていたものの。
表題作も天才でしかないけれど(書きだしが【ミシンは正直である。/機械の癖に、ミシンを掛ける女よりも率直に女の気持ちをしゃべってしまう。】とかもう、神の御業、何回人生やったら思いつくん)、私のなかでこれをさらに越えてくるのがラストの『春が来た』でした。ことし読んだベスト短篇小説としたい。
原稿用紙にしてたぶん40枚くらいの小説で、物語のラストでテーマがくるっと反転するさまが本当に鮮やかで、この短さでここまで出来るのかと感嘆したし、すべてにおいてお手本のような短篇小説だと思う。
1981年に52歳で事故で亡くなられた向田邦子さんの、これが絶筆となった小説であることが、本当につくづく惜しい。
『隣りの女』収録の、『幸福』や『胡桃の部屋』は、『思い出トランプ』に収められた作品とはやや趣向がちがっていて、どうも向田さんは、これからはこれまでとは少しちがった作品や、長編小説を書こうとしていたのではないかという気がしてならないのです。
あと『胡桃の部屋』は、向田和子さんが書いた『向田邦子の恋文』を先に読んでいると、いやもう、どう見ても桃子≒向田邦子やないか!! と叫びたくなるので、『向田邦子の恋文』もおすすめ。
長谷川まりる『杉森くんを殺すには』
くもん出版のYA小説。ふだん読まないジャンルだけれど、これも司書のフォロイーさんが絶賛されていたので気になって。
とても良かった。あんまり読めていないけれど『スキップとローファー』のような令和時代の少女漫画みがある。
友だちの杉森くんとのことで、心に傷を負った高校一年生の主人公・ヒロが、自分のなかで問題を決着させるまでを描いた物語。
同級生の良子さんが言う「友だちが友だちじゃなくなるとき」が、あ~~~わかる~~~~ほんまにそれ~~~~~と、自分の経験と照らし合わせて身に沁みた。ちゃんと仔細メモっておけばよかった。良い物語でした。
津野田興一『まるわかり近現代史』
近現代の日本および世界の歴史についての知識が手薄である自覚があるので、気軽にかつちゃんと学びたいという思いがつねづねあります。
ということで、いかにも入門編といった趣きの本書を。高校教師である著者が、東大や阪大の試験問題をじっくり解説する形式で、ヨーロッパ、アメリカ、日本の近代から現代の歴史をひもといていきます。
学生時代、歴史はもともと好きな教科でしたが、大人になってから学ぶと、これまでに蓄積されてきた知識と知識のあいだに橋が架かっていくようで、非常に面白くて興味深い。
日本の近代史を多少なりとも学んでいくと、アメリカ史についても学ぶ必要性を感じるものですが、本書を読んでますますその思いが強まりました。中国の近代史もすごく学び甲斐があると思う。
パレスチナ問題についても一章を割いて説明されているので、理解が少し深まりました。19世紀から20世紀にかけて、500万人以上のユダヤ人がアメリカに移り住むようになったので、アメリカの政権はユダヤ人票のためにもイスラエルを優遇しているなんて、ちっとも知りませんでした。
(あとそもそも、パレスチナ問題ってなんとなく、宗教がらみの争いなのかと捉えていたのですが、普通に領土問題だったんだなって…。恥ずかしながらこれまで知らず…)
高校生でも理解できるレベルの新書で、とてもわかりやすかったです。
絲山秋子『沖で待つ』
表題作は2005年の芥川賞受賞作。芥川賞にしてはすごく読みやすいしわかりやすい、じんわりと沁みてくる物語でした。なんなら2023年のいま読むと安易なほどの物語で、この当時の芥川賞っていまとは選考基準がぜんぜんちがうのだろうか…とも思ったけれど、もしかして、これまでの文学で描かれてこなかった「関係」を描いた小説が芥川賞なのかもしれない。
『沖で待つ』は20年弱の付き合いになる、会社の同期の男女の絆を描いた作品。恋人でも家族でもない、けれど一日でいちばん長い時間を共に過ごす同僚、それも同期が死んだところから始まる物語。しみじみとした良さがあった。
ソン・ウォンピョン『他人の家』
前作『プリズム』が面白かった作家の、最新作短編集。すっごい良かった。
著者の初邦訳作『アーモンド』は未読なんだけれど、これまた良かった本作収録の『箱の中の男』が『アーモンド』のスピンオフと知って、がぜん『アーモンド』も読みたくなった。というか、本作によってソン・ウォンピョンという作家に、ものすごい信頼を抱くようになったと言ったほうがいい。いままで読んだ韓国文学で、カン・ファギルを越えていちばん好きな作家になった。
『四月の雪』も『他人の家』も『箱の中の男』も、ソン・ウォンピョンの書く物語は、突飛じゃないのに斬新で、これまでよく知っているつもりだった風景を、初めて立つ場所から見せてくれるような趣きがある。まるで手品師のような、素晴らしい才能を持つ作家だと思う。今後推していく。
森バジル『ノウイットオール』
同じ街を舞台とした群像劇の短編集にして、オール別ジャンルという意欲作。面白かった!
第一章「推理小説」はただただフーンという姿勢で読んでいたけれど、第二章「青春小説」がページをめくる手が止まらない面白さで、電車で読み始めたけれど、降車してからも本を閉じることが出来ず、駅のホームベンチで読み終えました。こういう感覚をもたらしてくれる小説は久しぶり。
「青春小説」が最高傑作だけれど、もちろんそれ以外の短編も面白かったです。ラストの一行にも痺れた。
それにしても、『成瀬は天下を取りに行く』も『ノウイットオール』も、同じ時代に書かれた新人賞で、どちらも「高校生がM−1グランプリを目指す」というネタが被ったシンクロニシティが面白い。
以上、10月に読んだ10冊でした。後半で軽めの読書がつづいたので、11月はまた違ったテイストの読書がしたい気分。