読書とエンタメ記録が長くなったので、今月は振り返りとは分けて投稿します。
8月は風邪をひいた影響もあり、小説は3冊しか読めなかったけれど、その代わりに漫画や映画の摂取がはかどりました。以下は記録です。
映画
メタモルフォーゼの縁側
鶴谷香央理の漫画『メタモルフォーゼの縁側』を芦田愛菜と宮本信子の共演で実写映画化し、ボーイズラブ漫画を通してつながる女子高生と老婦人の交流を描いた人間ドラマ。(※映画.comより)
体が弱っているときに玉子粥を口にするように、なにか心にやさしそうな映画を…と本作を観たところ、も~~~~むちゃくちゃ良かった。五臓六腑に沁みた。
「この漫画のおかげでわたしたち 友達になったんです」
では言わずもがな号泣。
いくつになっても変化をおそれず勇気を出して踏みこめば「友達」が見つかるし、人生は楽しい。
普遍的でシンプルで強度のあるメッセージ性と優しさに満ちた世界に心が温まる、素敵な映画でした。
ニモーナ
Netflixオリジナル映画。
息をするかのようにあたりまえにLGBTでクィアなアニメ映画、かつむっちゃ面白いのですごい。日本でこの作品が生まれることが絶対にありえないところがむなしくなってくるほど。
ニモーナの悪い顔がほんとうにむっちゃ悪くて好き。
バービー
グレタ・ガーウィグ監督最新作、かつ話題沸騰の注目作!
開始3分時点で、あ、グレタ・ガーウィグ監督って天才なんだと理解させられる斬新なシークエンスからがっちり心を掴まれ、以降一瞬も飽きる暇なくラストまで惹きつけられました。物語としても最高に面白いし、笑えるし泣けるし考えさせられる作品でした。ことし観た映画でいちばん面白かった。『きみたちはどう生きるか』を超える。
特に泣けた場面が、アメリカ・フェレーラ演じるグロリアがバービー人形で遊んでいた過去の回想シーン。トイ・ストーリーでもそうだけれど、あれは私の涙腺の起爆スイッチなんだと自覚した。かつてたくさんのぬいぐるみたちと、何年も人形劇あそびをしていた人間の。
それで言えば、私は幼いころ、母親からバービー人形を与えられた娘でした。まわりの女の子たちはみんなリカちゃんかジェニーちゃん人形だったけれど、母は「憧れるならバービーにしなさい」と言って。欧米ではそのバービーすらルッキズム、白人至上主義の象徴として有害性を見出していたことを思うと、日本の周回遅れっぷりにめまいがします。
「自分が似合う服を着て 自分でいることが幸せだと思えればいい」
「人間になるのに許可を得たりお願いしなくてもいい」
といった作中のことばは、大いなる啓蒙のメッセージとして心に響いて鼓舞されたし、人間となったバービーことバーバラが作中のラストにしたことが「婦人科検診に行く」という意外さには、頭がぶん殴られるような思いで目が開かれました。
大人の女性にとっていちばん大事なこと、それは婦人科検診。フェ、フェミニズム~~~~~!!!!!!
と、私はグレタ・ガーウィグという、世界最高峰のフェミニストの最旬フェミニズムを浴びた気持ちでいたのですが、この「婦人科に行く」という部分を「バービーが妊娠した」と捉えている人もしばしばおり、尊敬している書評家の三宅香帆氏も妊娠派と主張しているのを見て驚きました。
また、バービーが「恋はしない」と言ったことを、漫画家の奥浩哉がSNSで「フェミニズムは恋愛をも否定している」と本作を酷評していたけれど、このせりふは「恋愛」というものは、能動的にしようと思うものではないという意味なのではないかと思いました。
つまりプロですら見誤るほど難しい映画でもある『バービー』なので、何度見返してもあたらしい発見があるかもしれません。
そんな良い映画でしたが、原爆ミームに乗っかったことは忘れませんが…。
漫画
木下由一『あらくれお嬢様はもんもんしている 1~5』
寝こんでいるときは昔から、ラブコメかBLかハーレクインしか読めません。
そんな体調のときに読んでおおハマりしました。むちゃくちゃ良かった。
本作については数年前、エッセイ漫画家のつづ井さんが「これはただのエッチなラブコメではなく、性と恋について真摯に描いた、誠実エッチラブコメである」という趣旨のことをなにかでおっしゃっていて知ったんだけれど、絵があまり上手じゃないし、ヒロインがあまりに爆乳でちょっとなぁ…とスルーしていたのですが、一度読み始めると止まりませんでした。起立匡史(きりつただし)良すぎ!!!!!
相手のことが嫌いという地点から始まって、少しずつお互いのことを知ることで距離を縮め、やがて両想いになる高校生の男女の心情を丁寧に描いたラブコメはそうめずらしくはないけれど、本作は若い男女にとっては未知の「性」のことを正しく明るく茶化さず真面目に描いている点が非常に素晴らしく、画期的であると思う。エッチなラブコメにこそ「正しい性教育」の要素は必要不可欠だったと言える。
女の子にも性欲はある、生理は人によっては倒れるほどつらい、女の子もオナニーする、人を自分の思い通りにすることはただの支配である、これらを描いているだけでも本当にすごい作品だと思う。
最新刊の5巻で、椿ちゃんが起立君に告白するシーンは、年甲斐も無く号泣しました。好きな人に自分の過ちを謝るという、なによりも勇気がいることをやりのけた椿ちゃんに感動するし、そういう場面で浮かべている表情がああいう表情なのが、ものすごくリアルで上手いと思った。
5巻のラストにあった「性を知り恋を知り愛を知る二人の物語」という惹句も素晴らしい。両想いになった6巻が楽しみです。
小説
ヘレン・マクロイ『幽霊の3分の2』
マーガレット・ミラーのような、美しく洗練されながらもユーモアが効いている、女性作家によるミステリが読みてぇ~~とあれこれ探して見つけた70年以上昔に書かれたミステリ小説。
久しぶりに本格的なミステリ小説らしいミステリが読めたと満足がいく面白い作品だった。ただマーガレット・ミラー的な満足はなかったな。
石牟礼道子『苦界浄土』
人類史上最悪の公害、水俣病について当事者の立場から克明に記したノンフィクションであり私小説。
「石牟礼道子」と言えば、戦後の日本文学でこの人を挙げない批評家は信用されないくらい重要視される作家であり、また文章の技巧の上手さにおいてもよく聞く名前ではありますが、これまで読んだことがありませんでした。
本書を初めて読んでみて、文章の技巧については判断しがたく、内容についても未だにどう言えばいいのか分かりません。何を言っても借り物の陳腐な感想になりそうで。
水俣病については、昨年石井妙子のノンフィクション『魂を撮ろう』を読んだことが、予備知識として大いに役立ったと感じる一方で、何も知らないまま、いちばん最初に『苦界浄土』を読んだほうが、よりこの本に没頭出来たかもしれないとも思います。
穏やかで美しい、豊かな魚たちや海藻が繁栄する不知火湾に、巨大企業のチッソが工業用排水を何十年も流して海中の環境を汚染し、生物たちを変容させ、それらを食べた人の人生や命を破壊した。
不知火湾の漁業によって生計を立てていた住人たちは、20年に渡ってチッソに対して排水を止めるように求め、原状回復と賠償を要求したけれど、企業はあの手この手で責任逃れをして取り合わず、政府もそれを止めるどころかむしろチッソを庇い、被害者たちは同じ水俣市民からも弾圧されながら、先の見えない絶望のただなかで裁判を続け、ようやく訴えが認められた。死闘としか言いようのない、壮絶な戦いを経ても、メチル水銀に侵された体と人生が返って来るわけでもない。
『苦界浄土』を読んで思ったのは、石牟礼道子さんは、ずっと怒っていたんだという、あたりまえのことでした。自分の地元を汚されて、罪の無い漁業者たちの人生が破壊され、それでもなお平然と踏みにじりつづける企業と、ありえない不正が横行しているにも関わらず、知らん顔している周りの人間に。息が出来ないくらい怒っていたから、正気を保つためにこれを書かずにはいられなかったんだろうと。
今まさに、福島で放射能汚染水が海中放出されるという現実のなかで本書を読んで、本書が優れていればいるほど、絶望感に打ちのめされました。なぜこんな本があるのに、同じようなことが繰り返されているんだろうかと。人間が歴史から何も学べないなら、文学がある意味とはなんなんだろう。
そういうこともあり、とにかく読むのがしんどくて、半月くらいかけて読んだ一冊でした。
須藤古都離『無限の月』
デビュー作『ゴリラ裁判』が、10年に一人の逸材レベルに面白かった著者の二作目。
すごい速さで二冊目が刊行されて、本当にこの作者はとんでもない天才だと思いきや、読んでいるうちに、あ、これゴリラよりも過去に書かれたやつだわとすぐに分かるくらい、まだ青みが残る果実のような作品でした。構成は良かったけれど、キャラクターの魅力や、作品の根幹を成す設定の必然性や説得力が弱く、しかも妙に長い。SFとしても恋愛ものとしてもいまひとつ不足を感じました。本当の次作に期待。
以上、8月の読書とエンタメの記録でした。
9月はもうちょっとしっかり読書がしたい。