私による私のための志村志保子の「女の子の食卓」のランキング後編です。
10位から6位をランキングした 前編はこちら☞
それでは5位から1位のランキングはこちら。
5位「彼に食べさせてもらうアーティチョーク」/女の子の食卓4巻
『アーティチョークというものを食べたことはありますか?』
『私は ありません』
主人公は中学生にしてすでにマドンナの風格を備えた女の子。
容姿の良さとそつのなさからとてもモテるが、反面シビアかつドライで、点数の高い男としか付き合わないと決めている。
ある日主人公は同じ塾の神林君に、帰り道が途中まで同じであることから「一緒に帰ろう」と言われて以来、駅から商店街を抜ける50mの道のりを毎週一緒に帰ることになる。
主人公に惚れていることは明らかなのに、メアドすらも聞き出せない奥手でチキンハートな神林君に、主人公は異性として何の興味を持っていなかったが、ある日花屋で見つけた「アーティチョーク」という花に、食用のものもあること、そしてそれがとても美味しいことを教えてもらう。
「来年つぼみが出来たらおれが長野さんに食べさせてあげる」
と、ふたりは他愛ない約束するのだが・・・
『男として何の興味も持っていなかったのだが、妙に心に残っている男』
という微妙過ぎる「あるある」コーナーラインをインきわきわで攻めてくる絶妙な作品。
恋ですらないのに何故あんな些細なことを、こんなにもいつまでも覚えているのだろうという、切なさともはがゆさともつかない心の機微を「アーティチョーク」という謎めいた美しい名前の食べものに封じ込めた志村志保子の妙技がうなる一作。
それにしてもこれに出てくるアーティチョークの味の表現よ・・・!
「なんか豆みたいな里いもみたいな」
「芯はちょっと竹のこっぽい」
「香りもよくてとにかく一度も食べたことのない味」
「マヨネーズっぽいディップをつけて食べる」
なんて不思議そうな食べものなんでしょう・・・
アーティチョーク・・・食べてみたい・・・
食べてみたいけれど、本当に食べたいのは「彼に食べさせてもらう」あのアーティチョークだけという美女が秘める乙女心。
どこかエロティックなタイトルでいて、恋ですらない中学生同士の淡い情感が描かれているのも良いですね。
4位「えっちゃんのママのバジリコ・スパ」/女の子の食卓1巻
主人公は受験に失敗した上、滑り止めで入った高校ですらやっていけなくなり退学になった女子高生。
学校からも家からも居場所を失い、すっかり腐って人生に悲観していたところ、公園でよく中学生の頃遊びに行ってはごはんをご馳走になっていた友人のお母さん「えっちゃんのママ」と偶然再会する。
「いい子」だった中学生の頃とまったく違ってしまった主人公に対し、えっちゃんのママはただ静かに「うちにごはん食べにいらっしゃい」と誘うのだった・・・
そこで食べさせてもらうバジリコ・スパの美味しそうなことといったら・・・!
作品随一の美味しそうさではないでしょうか。(2番目はカップ焼きそば)
えっちゃんのママは自然派志向で、体に良いハーブを自宅で栽培して、そのハーブを手ずからソースにしたり、肉料理に入れたりする。
笑わないし冗談も言わない、極めて真面目そうなお母さんなのですが、目の前で非行の道に逸れようとしている子どもに対し、静かに寄り添い必要なものを差し出すことで、傷ついた心をケアできる、立派な大人の女性です。
だけどきっと言葉が得意でない人だから、ごはんに色んな気持ちを込めてつくる。
そのごはんを受け取った主人公のモノローグも何もない6コマの表現が見事です。(ぜひ漫画で見てほしい!)
時が経ち、再び再会した二人。
主人公は社会人になり、えっちゃんのママは独り身になっていた。
人生を悲観しているえっちゃんのママに対し、今度は主人公がごはんを誘う番。
よその家の子どもをスマートに救ってくれた大人でも、自分の家庭で子どもや夫に対してうまくやれているとは限らないというリアルさが、作品によりいっそうの深みを与えています。
それではいよいよベスト3です!
ここからは何度読んでも号泣する神回で構成しています。
3位「ご家族のもんじゃ焼き」/女の子の食卓1巻
9歳になったばかりだった
両親の死を うけいれはじめた頃だった
玄関前で 今の母が
小さなヒロを抱きながら「いらっしゃい」と言った
居間に入ると 今の父が
「これからはうちの子供だ」と笑った
あの日から
私は この家と家族に
言葉にできない程 感謝をしている
9歳の時に養子になってお家に迎え入れられた主人公。大人になりお嫁に行く最後の夜の食卓に選んだのは、初めてのこの家で食べた「もんじゃ焼き」でした。
もうここまで書いているだけに涙がにじんでくる、これぞ志村志保子の真骨頂。
何が起きるわけでもなく、ドラマティックな言葉の応酬があるわけでもなく、ただ淡々とその家で幾度も繰り広げられただろう「いつものもんじゃ焼き」の日が展開されるだけ。
モノローグすらも少ない、ただただどこにでもある普通の家族がもんじゃ焼きを食べるだけの話なのに、泣けて仕方がないのです。
『この味で始まったから この味でお別れするの』
それ以上の言葉がいらない、行間にすべてが込められた作品。
まさにごはんの味と人生の味。
「描いていない」ところにすべてを描く、表現の究極です。
こういうものを描けるのが天才。
ところで今回読み返していて、回覧板を持ってきた「加代ちゃん」がマカロン回の主人公の剛毛で垢抜けない「加代子ちゃん」の成長した姿であることに初めて気がつきました。
あらまぁ加代ちゃんきれいなって~~。おばちゃん気ぃつかへんかったわ~~~。
2位「誓子さんの食べた カフェ アフォガード」/女の子の食卓6巻
実を言うと、「女の子の食卓」は1~3巻のクオリティが高すぎて、4巻あたりから勢いが少し失速する印象です。
すべてが短編で毎回キャラも話も一から作られているので、話によってクオリティがぶれるのは当然と言えば当然なのですが。
恐らく本当は1巻で作者の全ての手持ちのカードをほとんど投入する総力戦を行っていて、作り手側としては単行本3~4巻あたりで幕引き出来ればいいよね・・・みたいな戦略で進めていたのかな? と推測しています。まさか7年も続く作品になるとは絶対に考えられていなかっただろうし、というかすべて短編なのに7年連載単行本8冊ってめっちゃすごくないですか??? 他に集英社の少女漫画であります???
話が逸れましたが、4巻くらいからちょっと失速してきたかな・・・(今までが良すぎたせい)という「女の子の食卓」の評価が、また私の中で盛り返したのがこの6巻であり、全作品中2番目に好きなのがこの作品「誓子さんの食べたカフェアフォガード」。
タイトルの「誓子さん」は主人公である女の子のお兄ちゃんの彼女の名前。
主人公のお兄ちゃんは競泳をやっている高校二年生で、オリンピックも射程距離にあるほどの本物のアスリート。ルックスの良さも手伝い、昔からよくモテていたけれど、彼女が出来たのは誓子さんが初めて。
誓子さんは美人で性格も良い素敵な女の子で、毎日練習に励むお兄ちゃんを献身的に応援し、家にもよく遊びに来ていて家族も公認の仲。お兄ちゃんとは仲の良いカップルだったはずが、ある日、主人公は誓子さんが知らない男とキスをしている現場を目撃してしまう。
翌日誓子さんは主人公をお茶に誘い出して言う。昨日見たことをお兄ちゃんに話しても構わないということ。もうお兄ちゃんとは別れるつもりであること。でもそれはお互いが嫌いになったからではないこと。
そして昔、自分が水泳をやっていたこと・・・
初めは何も思わなかったんだ
私が夢見てたこと実現しようとしてる人がいるって
すごいなあって
そこにこそ惹かれたはすなのに
なのに不思議
遥弥君が私が辛くてなげだした練習黙々とこなして
ちゃんと早くなって
ちゃんと結果出して
私が残れなかった場所で
泳ぎ続ける姿をずっと見ていたら
なんだか私
だんだん だんだん
こんなに切ない恋ある?(号泣)
ふられた男側からすればたまったものじゃないし、ほかの人に言ってもきっと分かってもらえることは少ないだろう「そんなことある?」という落とし穴にはまってしまった恋と、どうしても割り切れない気持ちに引き裂かれる苦しみ。
誓子さんは登場している間ずっと穏やかな柔らかい表情で、穏やかだからこそ、見る者に彼女の苦悩の深さと水泳への憧憬の重さを痛いほどに伝えてくる。
『アフォガード ってどういう意味か知ってる?』
知らなかったその意味を初めて知り、主人公が食べるカフェ・アフォガードの味。
甘くて苦くてつめたくて熱い、複雑な味。
人生には、自分を嫌いにならないために大好きなものと別れなければならないこともあるということ。
卓越した心理描写が描ける志村志保子ならではの作品。
次はいよいよラスト、ベスト1です。
1位「あの夏の甘い麦茶」/女の子の食卓2巻
(目が死んでます)
私は周りに他に「女の子の食卓」を読んだことのある人を知らないし、今頃になって初めて読んだ漫画なので当時の評判というものが分からないのですが、これはベストランキングをとれば必ず上位に来るのではないかと思うほどとにかく破壊力のあるど名作。
心と涙腺に問答無用に強烈なボディブローを食らわされます。
内容は小学生の幼い姉妹の夏休みの一日。
ひょんなことから3年前に離婚した父親の家に向かう姉妹。
離婚したと言っても気さくな関係で、毎月一度は会うし父親も「お前たちの父親だってことは変わりない」とよく言っている。
もう5年生になる主人公はその言葉を本気で額面通り受け取っているわけではなかったが、今も無邪気に父親を慕う妹に引っぱられ、一緒にお父さんの家に遊びに行く。
着いたその家には、お父さんの新しい「家族」が住んでいて・・・
言葉ではなんて言ってくれていようと、誠実な態度をとってくれていても、目の前のお父さんはもう「他人」なのだ。
それを言葉よりも何よりも雄弁に、たった一杯の麦茶で姉妹が理解するシーンには鳥肌が立ちます。
本当の意味で「人が変わる」というのはこういうことなんだよなぁということを、たった数ページで鮮やかに描き出す志村志保子イズ神(GOD)。
家に帰った姉妹は買い物帰りの母親とばったり出くわす。
「なにか食べて帰る?」と訊く母親に、妹は言う。「お母さんの麦茶が飲みたい」。
号泣アンド号泣。
少女のひと夏のある日に起きた別離と成長を描いた名作です。
以上、「女の子の食卓」ベストランキング10でした。
気になった方は手に取ってみてはいかがでしょうか。
古い漫画ですが知る人ぞ知る名作です。
私はすべてkindleで買って読んだのですが、 こういうひと昔前の漫画がkindleで発売されるようになってほんとうにうれしい。