完全に忘却してしまう前に、今年の1月に膀胱炎になった時のお話を書いておきます。
何故ならこの膀胱炎は人生二度目で、なんと一度目になった時の記憶がほとんど無いことに気付いたため、なんとしても三度目を起こさぬよう備忘録として書き、骨身に刻んでおきたいと思った次第です。
メメント・ボウコウエン ~私の膀胱は如何にして炎症したのか~
・1月下旬、緊急事態宣言下に友達と飲みに行く
二度目の緊急事態宣言中だったので、飲食店は20時まで営業していた。緊急事態宣言中に飲みに行くのはこの日が初めて。18時に店に入る。
全体的にお店も他のお客さんも勇み足のペースで、私も久しぶりに飲むのでピッチが狂い、20時までの2時間でハイボール四杯を飲む。
結果かなり変な酔い方をする。友達と別れたあと、駅のホームのベンチとトイレを行き来して無理やり胃の中のものを吐くもなかなかアルコールが抜けず、二時間ほど動けなかった。
とうぜん体はめちゃ冷えしたものと考えられる。
・家にたどり着き、風呂にも入らずベッドにダイブして寝る
記憶はあいまいなのだが、この夜はたぶん風呂に入らずにそのまま昏倒した。つまり、尿道口を清潔にせずに寝た。
・翌日、マッサージに行く
二日酔いと無理やり(腹筋を酷使して)吐いたので上半身がガチガチに凝っていたので、仕事終わりに揉みほぐし屋に行き、45分間のマッサージをお願いする。最後の10分くらいは足を揉むメニューで、足裏をわりと入念に揉みほぐされる。
この時、言葉にしがたい気持ち悪さがあったのだけれど、足裏マッサージをされるのが久しぶりであったためそんなものかと思う。
・人身事故で電車が全線運転取りやめとなり、足止めされる
駅で電車を待っていると、人身事故が発生。マッサージ屋に寄らなければとっくに家に着いていたと悔やみながら、迂回路に向かう途中、急激な尿意に襲われトイレに寄る。
が、尿意の激しさと比べ拍子抜けする程度の尿しか出ない。まぁ足裏マッサージしたからかなとその時は考える。(私は足裏マッサージをするとめちゃくちゃ尿が出る体質)
迂回路の駅で電車を待ち、混雑する電車に乗って揺られていると、またしても激しい尿意。激しいというより、ズキズキするほどの尿意。
おかしい。変だ。ついさっき出し切ったのだからもう尿はないはずなのに、尿意だけがある。あれ? これ、膀胱炎か??!
・血尿、出る
電車が目的の駅につくまでの一時間耐え、トイレに飛び込む。尿を出そうとするがぜんぜん出ない。なのに暴れ狂うような尿意だけがあり、我慢できずに尿道括約筋をゆるめると『ズッキーーーン』と針で刺したような激痛が尿道口に走る。これがもうたまらないほど痛い。(尿が終わるときも同様の痛みに襲われる)
トイレットペーパーで局部を拭くと、真っ赤な鮮血が付く。便器を見ると水が茶色に染まっており、脳内にデカデカと『膀胱炎』の三文字が点滅する。この時、土曜日の20時前あたり。
・家に帰る
くたびれていたので頭が回らず、とりあえず家に帰る。ほっとしたせいか一時痛みが治まり、普通にごはんも食べる。
しかしトイレに行くたびに上記の有り様で、しだいに寝転がっているだけでも膀胱付近に燃えるような痛みを感じ、とても眠れそうにもない状態。
翌朝は日曜日なので、救急で病院に行こうかと考え、23時頃母に「実は膀胱炎になったみたいで、膀胱がめっちゃ痛くて血尿が出ている」と言うと、同じく膀胱炎経験者の母、夏に膀胱炎になった時に病院で処方された抗生物質(一日分)を所持しており、分けてもらう。一錠飲むと効果はてきめんで、潮が引くように痛みが減り、ものの一時間で楽になる。現代医学に本気で感動し、感心もする。
日曜日はとにかく水をたくさん飲んでトイレに行き、排菌することを心掛けて過ごす。
・月曜日に病院に行き、ことなきを得る
以上です。
何故二度目の膀胱炎を発症したのか、自分でもよくわかるNGラインナップ(過度の飲酒・局部の不衛生・マッサージ)であるため、今後はよくよく気を付けたいと思います。
というか、今でもマッサージ屋にさえ行かなければ膀胱決壊しなかったのではないかと思っているので、本当に足裏マッサージには気を付けて生きていきたい。でも足裏マッサージはけっこう好きだったので悲しい…。
しかし血尿が出るほどの膀胱炎の痛みというものは耐え難く、昭和中期くらいまでの女性はこの痛みに対して苦しむほかなかったんだろうなぁと思うと、胸が痛くなると共につくづく医学に感謝を捧げたい思いです。
終わり。