ごんブロ

だいたい月に一度、本や映画の感想を書きます

『同志少女よ、敵を撃て』の本当の感想と、それを言いづらいという気持ち

第11回アガサ・クリスティー賞受賞作にして、同賞史上初めて審査員全員が満点をつけた『同志少女よ、敵を撃て』を読みました。

 

 

 

内容は、第二次世界大戦下のソ連を舞台に、ドイツ軍に母親ほか村人を殺された猟師の娘セラフィマが、復讐のため女性狙撃兵訓練学校に入隊し、同じ境遇の女性たちと共に一流の狙撃兵になるべく訓練を重ね、ついには戦場へ赴く…というもの。

シスターフッド×復讐×狙撃兵という目を引く組み合わせと、ゲラを読んだ著名人や全国各地の書店員さんの絶賛から、初版3万部という昨今では異例の部数が刷られる鳴り物入りで登場した本作。一介の本好きである私もそれはそれは楽しみにしており、事前に書店で予約注文を済まして発売日に受け取りに行き、心おきなく読むための3連休を用意するという盤石の体制でもって挑んだのですが…。

 

 

77点/100点

 

という、なんだか煮え切らない読後となりました。これはハードルが高すぎた(期待しすぎた)のか、本書の出来がそんなものなのか、私の好みが偏屈なのか…。うーーーーん。本当に悩ましいです。

ちなみに私の今年の現時点での読書冊数は79冊で、77点は中の上あたりに位置します。横山秀夫ノースライト』(75点)以上、マーガレット・ミラー『殺す風』(79点)以下です。わかりやすいですね。(?)

しかし初版3万部に発売一週間も経たないうちに重版決定なんて、小説業界ではとんと聞かない慶事。小説を愛する者として、これは素直に寿ぎたいというもの。色んな人に読んでもらって売れてほしい。なので私ごときがミソを付けて、これから読んでみようという人の気持ちにほんのすこしでも水を差したくない…と、なかなか率直な感想を言えなかったのですが、私ごとき一読書家が「言うほどそこまでやないで」と言ったところでなんだというのか。そんなわけで、正直な感想を書いていきたいと思います。

 

良かったところ

 

・濃密で詳細な兵器と戦争描写

兵器については私はちっとも詳しくないので特にそそられなかったのですが、きっとマニアにはたまらないだろうなというほど詳細に書きこまれた戦車、自走砲車、銃の数々に作者のこだわりと偏愛を感じたし、こういうディティールの細かさがリアリティに繋がっていると実感する。

レニングラードケーニヒスベルクの戦場の描写もリアリティ抜群で、現地の乾いた空気が紙を通して肌に伝わってくるようだった。狙撃シーンなんて言わずもがな。

 

・最終章「ケーニヒスベルク」の物語としての面白さ

最終章100ページは一瞬も目を離すことが出来ないほどの展開と緊迫感で、一気読みの面白さだった。この章に関しては審査員満点も納得の完成度。

 

 

いまいちだったところ

 

・狙撃兵訓練学校の女性キャラクターたちの萌えアニメテンプレ的なキャラ付け

甘えを一切許さないハードで硬派な物語だったのに、舞台が狙撃兵訓練学校へと移り、セラフィマとシャルロッタが絡んだ途端、まるで陳腐な萌えアニメのような雰囲気になった時は、言葉にしがたいほど萎えました。

作者は物語の緩急をつけたかったのか、それとも個人的な趣味なのかはわかりませんが、かなり浮いていると思います。萌えアニメが好きなら好きで、もっと巧妙に玄人技を効かせればいいのに、なろう小説で見るようなテンプレしぐさで白けてしまった。こういうノリはラノベでやってほしい。(ラノベラノベで大好きです)

 

・ヤーナの「ママ」呼び

戦争で夫と子どもを亡くして狙撃兵を志した28歳の女性キャラ、ヤーナのあだ名が「ママ」で、それだけならまだしも地の文まで彼女をママと書いていたことに、読むたびに引っ掛かりを覚えた。これではまるで作者にとってのヤーナの個性は「経産婦」であることだけのように感じる。

これを男性キャラに置き換えて、戦争で妻と子どもを亡くした男性兵士が仲間から「パパ」と呼ばれているところを想像したら、かなり無慈悲で違和感があるあだ名だと分かりそうなものだし、実際にその境遇のキャラクターも登場するのですが、彼の場合「父親だったこと」はあくまで個性の一部という扱いに留まるんですよね。ママとは大きな落差がある。

 

・セラフィマの言葉づかいがブレブレ

セラフィマの口調が「少女」「少年っぽいもの」「男そのもの」の三種類あって、男口調は軍人モードでいいとして、それ以外がしっかりと定まっておらず、読んでいて「この子はどういう口調なんだ?」「この子はこんなことを言う子だっけ?」と気になった。口調(言葉)は性格や信念に繋がっているので、そもそもセラフィマは性格(キャラ)がしっかり定まっていない印象を受けた。この年頃でこの物語なら定まっていなくて当然だとも思えるけれど、「定まっていない」ということが定まっていない場合、作者自身の作りこみが甘いだけに見える。

 

・『シスターフッド』と言っておけばウケる感

この作品は『シスターフッド』という言葉が売り出し文句に使われるほど前面に出ているけれど、この作者は別に『シスターフッド』に興味は無いし、世にある多くのシスターフッド作品を見てきたわけではないんだろうな、と読んでいて感じました。それだけ『シスターフッド』という言葉が普及したということでもあるので、嘆かわしいばかりではないのですが。

どこをどうすればシスターフッド足りえるのかを説明するのは難しいのですが、作者が本当にシスターフッドを理解していたら、上記三つのいまいちな部分も生まれなかったのではないかと思います。つまり、女性キャラクターを男性キャラクターと同じぐらい骨太な人間として描くことがシスターフッド作品には不可欠。

 

『同志少女よ、敵を撃て』は、戦争を主題としているのに、作者の情熱とこだわりが、主人公たち少女=人間よりも、兵器や戦闘に注がれていたことが残念でした。

 

以上、『同志少女よ、敵を撃て』の感想でした。第二次世界大戦に従軍したソ連赤軍の女性兵士たちの歴史を描いた本作、シスターフッド×冒険小説という触れこみゆえに期待しすぎて落胆しましたが、作品の満足度で言えばなんといっても77点ですし、駄作などでは決してない、一読をお勧めする作品です。作者の逢坂冬馬さんの次回作に期待します。