ごんブロ

だいたい月に一度、本や映画の感想を書きます

2021年に読んだ本90冊の中から特に良かった14冊を挙げる

昨年、それまでの読書人生で最大の量である70冊の本を読んだとき、今後これ以上の本を読むのは無理だろうと思ったのですが、今年はそれをさらに上回る量の本を読みました。しかしこの2年に渡る大量の読書量は、コロナ禍における外出自粛の影響多大であるため、さすがに今度こそ、もうこれ以上の量の本は読めないと思われます。そう思うとそれはそれで惜しい気持ちがするもの。100冊は無理だったか~。

ということで、今年読んだ本の中から特に良かった作品を挙げていきます。

今年は良かった度を点数化するという試みをしたため、90点以上をマークした14冊を紹介するとともに、簡単な感想も付け加えたいと思います。それでは90点からです。

 

 

 

90点

本谷有希子異類婚姻譚

 

昨年が村田沙耶香という作家に出会った年であるなら、今年は本谷有希子に出会った年であると言えます。

読み終わったあと、

ねぇ、なんで?!! なんでこんなにもすごい作家が日本にいるっていうこと、今までだれも教えてくれなかったの?!!?

と錯乱するくらい良かったしすごかった本。夫婦のこわ~~~~い怖い物語。

 

 

93点

山本ゆり『おしゃべりな人見知り』

 

山本ゆりさんのブログが大好きで、山本ゆりさんのファンなんですよ。

料理のレシピももちろん好きなんですが、ず~~~っとくっちゃべってるしょーもない話ももう大好きで。

友達の話、お子さんの話、家事の話、亡き祖母きよこの話、昔の思い出話。しょうもない話と切って捨てるのは簡単だけれど、世の中8割がこういうしょうもないことで出来ていて、しょうもない話の中に人生のおかしさや哀しみ、よろこびがつまっている。しょうもない話にこそ本質が宿るということを実感するエッセイ。

何者でもない、大阪の片隅に生きるお菓子作りが好きな少女だったころの山本ゆりさんの昔話、『テレビチャンピオンと私』が泣けます。

 

 

95点

ブレイディみかこ『ぼくはイエローでホワイトでちょっとブルー2』

 

2019年にYahoo!ノンフィクション大賞を始めに数々の賞を総なめ、大ヒットを記録した『ぼくイエ1』から2年、最終巻として出た今作。さすがに前作よりは失速するかしら~と思いきや、まったくそんなことはありませんでした。今回も最高。というか、これは1巻2巻なのではなく連続した2部作なんですね。

世界に名だたる福祉国家から一転、緊縮政策に走り様々な格差問題が起きているイギリスの様子は日本とも似ていて、というか恐らく日本は今後もっとひどい世の中になるだろうことが予想されるけれど、イギリスは今がひどいだけで、きっと持ち直すだろうと思うくらい、教育に希望がつまっているように見える。ひるがえって、日本は教育が本当に絶望的で、今後も改善する兆しが一つも見えないので未来が真っ暗なんだよな…。

 

 

97点

萩尾望都『一度きりの大泉の話』

 

現人神(あらひとがみ)でおわせられる女性漫画家の一柱、萩尾望都さんが、2016年以降あまりにも訊かれることが多く、それがとても苦しいため「たった一度きりお話します」と刊行された、1970年から72年に渡って東京都練馬区南大泉で繰り広げられた女性漫画家たちの共同生活、通称『大泉サロン』で起きたことを記した回想録。

とんでもない才能を持った若い女性漫画家ふたりが、同じ屋根の下いっしょに寝起きし、語らい、仕事をし、そしてとあることが起き、永遠に袂を分かつこととなった二年間が、鮮やかに、こまやかに、生々しく描かれた一冊。

心の傷というものは忘れられはしても、癒えることはなく、それがトラウマと呼ばれるものなのだということを思い知ると共に、一度は深く結びついた人間どうしの関係が完膚なきまでに破綻してゆく姿に、滅びの美しさを見出してしまう。

読み終わったあと、萩尾さんの心の傷と、竹下恵子さんがその時そうせざるを得なかった気持ちの両方が突き刺さり、目をきつく閉じて「あ”~~~~~~っっっ」と叫びだしたくなるものすごい本でした。

私は萩尾望都さんの作品の中でもとりわけ『訪問者』が大好きなのですが、目を病んだ萩尾さんの姿は訪問者のグスタフそのものであり、家にいることを許される存在でありたかったと泣くオスカーの姿も萩尾さんと重なって、いっそう『訪問者』に特別な思い入れを抱くこととなりました。

 

 

98点

氷室冴子『いっぱしの女』

 

今だからこそ読まれるべきとちくま文庫から再版された氷室冴子さんの名エッセイ。

普通は少女時代に出会うだろう、氷室冴子さんという偉大な少女小説作家に私が出会ったのは30代になってからなので、10代の頃から氷室冴子さんに親しんできた方々とは比べるべくもないほどに思い入れがちいさいのですが、それでも私も氷室冴子さんを思う時、吹雪の中にそびえ立つ灯台を見るような気持ちになります。

氷室冴子さんという人は「シスターフッド」という言葉がほとんど使われていなかった頃から、シスターフッドを信じ、体現してきた人だったのではないかと思います。それほどまでに、氷室冴子さんの女性に対するまなざしは、温かくて力強く、親愛に満ちている。

『いっぱしの女』で特に好きだった部分はここ。

 

 彼女はしばらくの沈黙のあと、それは貴女の買いかぶりだといった。貴女が買いかぶっていたことは、他にもたくさんあると。

「違う。買いかぶりじゃない。あんたはいい人だったわよ。だから、ずっと一緒に暮らしたいと思ってたのに、恋人つくっちゃって。友情よりも恋愛が大事なのはわかるけど、ショックだったわよ。そいつが夜這いしてくるから、あたしは家を出たのよ。夜、階下から猫みたいな唸り声が聞こえてくるし、これはもう、遠慮しなきゃならないなと思ったのよ」

 私はムキになって、何年もの間、ずっと胸に秘めていた恨みつらみをぶちまけた。すると彼女はまた、しばらく考えてから、あの頃、貴女が一緒にごはんを食べてくれたら、恋人はつくらなかったはずだといいだして、自分でもおかしいのか笑い出した。

「ごはん?」

 とあたしは呆気にとられてしまった。それは思いもよらないセリフだったのだ。ごはんだなんて。

(中略)

「あたしたちが一緒にごはん食べてたら、恋人つくらなかったっていうの? なあに、恋愛してたんじゃないの?」

「うん、あれは恋愛じゃなかった」

 と彼女は確信をもって頷いて、

「わたしはそれほど孤独に強くなかったのよ。すこしずつ淋しくなって、気がついたら、身動きできないほど淋しかった。あなたは、そこも買いかぶってたね。わたしはあの頃、すごく淋しかった。よく、ひとりでオルゴール聴いてた。一緒に聴いてっていいたかったけど」

氷室冴子『いっぱしの女』P24-P26

 

はぁ、最高。

山本ゆりさんの『おしゃべりな人見知り』でもそうですが、私は女性の「ねぇねぇ、聞いてよ」という調子で語られるお話が心底好きなんだと思います。

 

 

98点

津村記久子『サキの忘れ物』

 

私の2021年ベスト短編は『サキの忘れ物』です。(2020年はルシア・ベルリン『いいと悪い』)

なぜ、私(私たち)は読書をするのか、という根源的な問いへの答えが端的に現れた、心温まるすぐれた物語でした。



99点

中山可穂『白い薔薇の淵まで』

 

わたしは脳髄の裏側に白い薔薇を植えたことがある。花を咲かせたのは数えるほどしかない。RUIが塁であったとき、花びらはこの頭の中で幾度もこぼれた。命を刺すトゲとともに。

 

『一行も読み飛ばせない、完璧な恋愛小説』の触れこみで復刊された20年前の小説。評判たがわず、さいっっっこ~~~~~~でした。

読み終わってしばらくしてからまた思い出しては、あれこそは完璧な小説だったと反芻しています。

恋愛という、古今東西においてもっとも普遍的なテーマを主題としているのに、こんなものは読んだことが無いと思えるような本。読んでいる間じゅう、耳元でどこか知らない美しい異国の音楽の調べが流れているような気がする物語でした。

美しい物語の世界に惑溺したい方におすすめ。

 

 

99点

マーガレット・ミラー『まるで天使のような』

 

極上の心理サスペンス&ミステリー小説。文章が良い、キャラが良い、会話がいい、展開がいい、すべてが良い。

次々とテンポよく進んでいくので先が気になって気になって久しぶりに貪るように読んでしまった。結末を迎えてから本を閉じ、ふと表紙を見て・・・ひぃぃいいい~~~!!!

マーガレット・ミラーを読むのは今年が初めてで、『殺す風』を読み順当に『まるで天使のような』に辿りついたのですが、すっかりこの上質でセンスのよい作家の魅力の虜です。アガサ・クリスティデュ・モーリアハイスミスにも劣らない優れた女性作家なのに、なぜこんなにもひっそりと埋もれゆこうとしているのか。来年以降もどんどん発掘していきたい作家の一人です。

 

 

99点

矢田海里『潜匠』

 

90年代から仙台で遺体引き上げのボランティアをされていたプロの潜水士、吉田浩史氏の軌跡を描いた傑作ノンフィクション。

ノンフィクションのいいところは、自分の生きる世界からはまず絶対に知ることはない別の世界で生きている人間の人生を、ものすごいリアリティと密度をもって知れること。仙台港の海底で、長い間たった一人で遺体を引き上げてきたダイバーが目にしたもの、耳で聞いたものの一片を、自らも体験する読書でした。

また文章がものすごく良い。真っ暗なヘドロ状の深い海の底を、鉄製の靴を履いて静かに歩いていく吉田さんの姿、重く冷たい水の粘度まで伝わってくるような優れた描写力、あえて抑えた筆致で描かれる吉田さんの波乱万丈な人生、そして2011年の東日本大震災と、息をつく間もなく深いところまで引き込まれました。

読み終わった後、この本によって吉田さんという人のことを知れてよかったと心から思う一冊でした。

 

 

99点

横山秀夫ロクヨン

 

2012年刊行の、言わずと知れた大ベストセラ―。累計発行部数は2016年時点で150万部。映画化もしましたし、内容をご存じの方も多いと思いますが、なぜか私はスルーしており今さら読みました。いつ読んでも古びない、眠れないほど面白い心震える骨太のミステリ小説でした。



ということで、ここまでで10作。とうとう残すは100点越えの作品4作になります。すべて100点満点ですが、読むのが遅かった順番でご紹介します。



100点

本谷有希子『自分を好きになる方法』

 

これほんと~~~~~~~に面白くて最高です。(口下手か)

リンデという主人公女性の、16歳のランチ、28歳のプロポーズ前夜、34歳の結婚記念日、47歳のクリスマス、3歳のお昼寝タイム、63歳の何もない一日という6日間を切り取って、人間のエゴ、孤独、人生の奥底にある真意を描き出した傑作だと思います。

非常に優れているのが、リンデが不幸かそうでないのか、読む人によってまったく意見が分かれるというところ。Amazonレビューを読んでいると、子どもも産まず離婚しひとりで老年を迎えようとしているリンデを「痛い女の末路」とまで切って捨てるものまであるのですが、しかし著者はリンデが不幸であるとは一つも書いていないんですよね。つまり、リンデが不幸であると思う人は、それだけ「幸せ」の形が貧しい、それこそ不幸な人だという皮肉な仕掛けがそこにはある。痺れます。

あと個人的には28歳のプロポーズ前夜の喧嘩がリアルすぎて「天才かよ」と震え上がりました。あれは絶対に著者かその友人の身に実際にあったことでしょ。



100点

カン・ファギル『別の人』

別の人

別の人

Amazon

 

真に優れた小説は、なぜか読み始めた瞬間から分かる時があって、私の場合、それは頭の中で文章が「声」となって聞こえてくるのですが、本書がまさしくそうでした。読み始めてすぐに、目で追う文章が、頭の中でだれか知らない女性の静かな声となって聞こえだして、「これは、ただごとじゃない」と分かり、それは的中し、感動の結末まで真っ直ぐに連れて行ってくれました。

小さな出版社から出たこともあるのか、あまり読まれていない本なのですが、稀に見る傑作です。勇気に関する物語。

 

くわしい感想☞

gonzarezmm.hatenablog.com

 

 

100点

吉村昭『高熱隧道』

 

1967年刊行、吉村昭の神髄たる名作記録文学

人間の生存を許さない過酷な大自然の中の、黒部峡谷は仙人谷―阿曽原間を結ぶ、前人未到のトンネル掘削工事をやり遂げた男たちを描く。

たった211ページしかないのに、この本自体が発熱しているかのような異常な熱量のノンフィクション。常軌を逸した仕事を遂行するためには、自らの内に狂気を飼うしかなかった工事夫たちの熱が、未だこの本の中に残っているのかもしれない。真夏の夜に汗をかきながら読んだ記憶が一生残りそうな一冊。

これNetflixで映像化したらめちゃくちゃ映えそうなのでやってくれないかな~~。オチが分かっているのにここまで先が読めない・絶望的・信じられない話もなかなか無いと思う。岩盤温度が初めて100度を超えて温度計が割れるシーンなんて、映像で浮かんできたもんね。確実に次回に続く引きのシーンでしたからねあれ。



ということで、13作ご紹介しました。ここまで長かったですね。ラスト一作はこちらになります。

 

 

100点

上間陽子『海をあげる』

 

2021年Yahoo!ニュース本屋大賞ノンフィクション本受賞作品。受賞した時はやっぱりね、という思いと、よかった、という二つの思いがわきあがって、我がことのように嬉しい気持ちになりました。それくらい、本書は読む人の胸の奥の特別な部屋に置かれるような作品だと言えます。

沖縄という島を想像する時、私たちが思い浮かべるイメージの、穏やかなこと、のんきなこと、美しいこと。それ以外の「基地」をはじめとする闇の部分に、私たちは目を向けない。けれど沖縄で暮らす人々の暮らしは、70年前からずっとおびやかされ続けている。日本の負の部分を押しつけられ続けた先に、今の絶望的な沖縄がある。これは沖縄の問題ではなく、無関心でい続けた私たち本土の人間の問題なのだと思い知らされる。そんな地で著者は生まれ育ち、もどり、最愛の娘を育てていく。

上間さんの、どんなに悲惨な現実からも、決して目をそむけないという姿勢にひたすらに心をうたれる。どれほどに絶望し、嘆き、怒り、苦しみのたうっても、また立ち上がり、ごはんを作って家族と食べる。やれることをひとつひとつやっていこうと言う。

どうか一人でも多く読んで、一緒に上間さんの海を受け取ってほしい作品。